レアード王子の提案
姪の怪我を治したお礼に、私が望むならラリー様との婚約解消でも協力すると言ってくれたレアード王子に驚きを見せないなんて芸当は出来なかった。この結婚は王命で、いくらレアード様が隣国の王族だからと言って簡単になかったことになど出来るはずもないわ。勅命をなかった事にするのは王の権威を落とすことに繋がるからよほどのことがない限り覆されることはないもの。それでなくても私は既に一度、王命を取り下げられている身。これ以上は難しいだろうし、私もそうなれば傷物令嬢として貴族社会では死んだも同然になってしまうわ。
「いくらレアード殿下と言えど、私達の事に口を挟む事は控えて頂きたい」
ラリー様が苦々しくそう告げた。他国の介入を厭われたのだろうけど、メアリー様との事を考えれば、渡りに船じゃないかしら?そう思うと胸の奥がじくりと痛んだ。
「ですが辺境伯殿。あなたは金の聖女様と恋仲だというではありませんか?昔からそうだったと。でしたらあなたにとっても都合がよいのではありませんか?」
「金の聖女……?」
ラリー様が訝し気な表情を浮かべたけれど、私も誰を指しているのかわからなかった。だけど……
「金の聖女様をご存じない?神殿で治療をしている女性ですよ」
「……メアリーの事か」
ラリー様の呟きに合点がいった。直ぐにそうお答えしたということはラリー様も彼女がそう呼ばれているとご存じだったのでしょうね。確かにメアリー様は見事な金髪をお持ちだもの。
「そうですよ、辺境伯殿。王都にいた頃から恋仲だった事は我々も存じていますし、今もそうだと専らの噂だ。彼女の治療を受けた者も、領主の奥方には金の聖女様をと言っているそうですね」
「……」
レアード王子にそう言われたラリー様は黙り込んでしまわれた。あながち的外れな指摘という訳でもないのでしょうね。その事実に気持ちがゆっくりと沈んでいくのを感じた。
「まぁ、私はあんな金にがめつい女性はお断りですけどね」
「え?」
「ああ、ご存じないのですか、アレクシア嬢。金の聖女の真の意味は、金にがめついからですよ。治療には金貨十枚を要求されるからね」
「金貨十枚!?」
金額を聞いて思わず声をあげてしまったわ。でも、金貨十枚と言えば庶民の平均年収の五年分よね?陳情書では二年分だとあったけど、倍以上に金額が上がっているじゃない。
「俺も神殿でそう言われたんだ、間違いないよ。それくらいは払えるからどうでもよかったけど・でもね、傷を見せた途端、そんな重い傷では聖女様が疲れ切ってしまうから無理だって断られたんだよね」
「そう、ですか……」
「まぁ、好みは人それぞれだし、俺は辺境伯殿の趣味に口を出す気はないよ。あっちの相性がいいとか、そう言うのもあるからね」
「相性?」
「レアード殿!余計な事をシアの前で言わないで頂きたい」
意味深なレアード王子の言葉にラリー様が大きな声を上げた。驚いたわ、ラリー様らしくない。でも、そうなのね……そんなにメアリー様とは相性が……
「ラリー様、メアリー様との相性がよろしいのでしたら、婚約を解消した方がよろしいのでは?」
「な……!シア、何を言って……」
ラリー様が焦った表情を見せられたけれど、どうされたのかしら?他国の王子がいる前でこんなにも感情を露にされるなんて。
「ラリー様がメアリー様を望まれるのでしたら、私からも陛下に奏上致しますわ」
「ほら、辺境伯殿。アレクシア嬢もこう仰っていますよ。多分に勘違いをされているようですけどね」
「勘違い?」
「ああ、すまない、アレクシア嬢。今の話は気にしないで」
何だかレアード王子がニヤニヤしているけど、これはどういう意味かしら。何か別の意味があるような含みを感じるのだけど……一方のラリー様は珍しく不愉快な表情を隠されていなかった。ラリー様のご希望に添おうとしているのにご不興を買った? どうして?
「そうだね、アレクシア嬢が婚約解消したら……私が立候補しようかな」
「レアード殿!」
とうとうラリー様が立ち上がってしまわれたわ。どうなさったの?随分焦っていらっしゃるように見えるけど……
「どうしたんです、辺境伯殿?でも、案外いい話だと思いませんか?あなたは長年の恋人と結ばれるし、アレクシア嬢は他の女を想っている相手と結婚しなくて済む。それに、私とアレクシア嬢が結婚すれば、両国の関係改善に繋がりますよ。それはあなたが何よりも欲しているものではありませんか?」
「なっ……!」
レアード王子の提案は驚きしかなかったけれど、確かにそれだと誰にとってもいいような気がする。ラリー様とメアリー様は想いを遂げられるし、両国間の関係改善にも繋がってヘーゼルダインは平和になるわ。私は準王族の扱いだから陛下の養女として嫁ぐことも可能かもしれないし。陛下も隣国の王子との婚姻なら、むしろ歓迎なさるのではないかしら。
「それは確かに、殿下の仰る通り……ですわね…」
「シア!」
「だろう?私としても、アレクシア嬢が私に嫁いでくれるならこんなに嬉しい事はない」
「え?」
「な…」
私がレアード王子に、嫁ぐ?ええっ?
「アレクシア嬢、あなたは実に素晴らしい女性だ。人々を癒す力をお持ちなのに驕らず控えめで、何よりも公人としての立場をよく理解していらっしゃる。王子妃教育では大変優秀だったと聞いておりますよ。あなたのような方を妻に迎えれば、両国間の関係も随分マシになるでしょう」
「レアード殿!」
「それに……私は運命を感じたのですよ」
「は?」
運命って、どういうこと?
「昨日、あなたにお会いしてからというもの、あなたの事ばかりが頭に浮かんで仕方ないのです。そのため形式を整える時間も惜しくて、非礼と承知でこうして参ったのです」
「は、はぁ……」
昨日の出会いのどこにそんな要素が?私は地味な平民が着るような服だったのに。
「アレクシア嬢、私の心にはあなた以外の女性などおりません。どうか私の妃になって頂きたい」




