大怪我を負った子供
翌日、私はいつも通りロバートやユーニス達と一緒に貧民院を慰問した。最近は騎士の治療を優先してきたけれど、貧民院の慰問も欠かせないわ。久しぶりに出た街はいつも通りの賑わいを見せていた。
「あら?あれは……」
貧民院から屋敷に戻るために馬車に乗り込もうとしたところで、近くの道の脇で揉めているらしい男たちを見つけた。男性が三人の男に囲まれているわ。どうも言い掛かりをつけられているようね。
「どうしました、お嬢様?」
「あそこに、男の方が絡まれている様だけど、子供が……」
私が気になったのは、男性が守るように抱く子どもの存在だった。囲んでいる男たちの柄がよくないからあの子が心配だわ。私の意を直ぐに察したロバートがすぐにその男たちに近づいていった。
囲っていた男たちは最初、声をかけたロバートに居丈高に接していた。ロバートは男性としては小柄な方だし、見た目も優し気で武の心得があるようには見えないせいね。でも、会話をするごとに男たちの態度がだんだん小さくなっていき、終いには頭を下げながら逃げるように去っていった。
予想外の展開に私が呆気に取られていると、ロバートは直ぐに戻ってきて大したトラブルじゃありませんでした、と笑顔で答えた。とても話し合いで解決できるような雰囲気ではなかったのだけど……と私やユーニスが疑いの目で見ていると、ロバートはこれですよと剣の鞘を見せた。そこにはヘーゼルダインの紋章が記されていて、これはヘーゼルダイン騎士団員の証だという。ロバートが正規の騎士だと知って逃げて行ったのだと言った。
「すみません、ありがとうございました」
私たちがロバートから説明を受けていると、先ほど絡まれていた男性が子どもを抱えたまま頭を下げて礼を述べてきた。目深にローブを被り、子どもはマントですっぽりと包まれていて顔はよく見えないわ。でも子どもがしっかりと男性にしがみ付いているところを見ると父子の様ね。子供は三歳ぐらいかしら。
「いえ、ご無事で何よりですわ」
「急に絡まれて困っていたので助かりました。こちらは子供もいたので……」
「そうですね。この辺は治安がよろしくないから子連れでは……」
「ですが、今日はこちらの貧民街に聖女様がいらっしゃるとの噂を聞きまして…」
「聖女様?」
聖女様と言うならメアリー様のことかしら?でも、あの方がこの様な場所に来るとも思えないのだけれど……ユーニスに視線を向けたけれど、彼女も同じ考えの様で驚いた表情を浮かべていた。
「聖女様なら神殿ではありませんか?」
「それが……神殿に行ったのですが、傷が深すぎて治療は出来ぬと……でも街の人から、ご領主様の婚約者のお嬢様が貧民院で治療をして下さると伺いまして……」
それって、私のことよね?
「では、あなたも怪我を?」
「いえ、怪我は私ではなく、この子なのです」
そう言って男性は抱きしめていた子供に視線を向けた。フードで表情はハッキリ見えないけれど、その声や雰囲気から子を案じているのが伝わって来た。
「一月ほど前に賊に襲われまして……一命はとりとめたのですが、今は歩く事も出来ず……この子は大切な忘れ形見なのです」
男性は悔しそうに声を震わせながらそう告げた。なるほど、男性が必死なのは亡くなった奥様の忘れ形見だからなのね。私がユーニスやロバートを見ると、彼らは仕方ないと言わんばかりの表情だった。私が何をしたいのかわかってくれて少し嬉しくなった。
「分かりました、お嬢様。ここでは目立ちます。一先ず馬車の中へ」
ロバートが渋々、これで最後にして下さいよと言わんばかりに苦い声で男性とその子を馬車に迎えた。男性が抱きしめていた女の子は、マントを取ると怯えを見せて父親にしがみついたけれど、男性が優しい声で何度も諭すとようやく傷口を見せてくれた。足と腕、背中に酷い刀傷があり、この怪我のせいで今は歩く事はもちろん、食事なども自分では出来ないのだという。男性は隣国の生まれだけれど、噂を聞いて国境を超えここまで旅してきたのだと言った。子を想う男性の思いの深さに感動すらしてしまったわ。同時に、そこまで案じてくれる親を持つ彼女を羨ましいとも。
「ちょっと変な感じがするけど、大丈夫だからね」
しゃがみ込んでその子と視線を合わせてそう告げると、女の子は黙って私を見つめていた。濃紫の瞳には疑いの影が濃かったけれど、幸いにも泣いたりはしなかった。まずは一番小さい腕の傷からね。子供は体が小さいから力の加減が難しい。時間をかけて少しずつ力を注ぐと傷はゆっくりと消えていった。どうやらあまり不快ではなかったらしく抵抗する様子は見られなかった。これなら多分大丈夫そうね。続けてもいい?と聞くと、その子はまたじっと私を見ていたので、私はそれを了承と見ると両足を癒し、最後に背中にあった大きな傷を消した。
「…ほ、本当に……傷、が……」
男性は傷が消えたことに声も出ないくらいに驚いていたけれど、声を詰まらせながら感嘆を漏らした。子どももそんな父親の様子に不安を感じたのが、ギュッとしがみ付いた。
「これで大丈夫だと思います。でも、急に動かすと怪我をします。ゆっくり動かす練習をして下さいね」
「あ、ありがとうございます、聖女様」
「いえ、お子さんが無事に動けるようになってよかったですわ。どうか帰りはお気をつけて」
「はい、ありがとうございます。必ず……必ずお礼をさせて頂きます」
男性はひとしきりお礼を述べ、後日必ずお礼に伺うと重ねた。こんなに感謝されると疲れも吹き飛ぶ心地ね。久しぶりに充足感を抱えながら屋敷に戻った。




