ラリー様の体調不良
ラリー様がご不調だとの話を聞いて心配で仕方なかったけれど、直ぐにラリー様の部屋に向かう事が出来なかった。先日、ラリー様の部屋から楽しそうなメアリー様の声を聞いてからというもの、お邪魔ではないかと思ってしまったから。
メイナードの話では、最近のラリー様は隣国の問題などもあって一層忙しくなったという。睡眠も十分にとれず、また最近は頭痛が酷いらしくて食欲も落ちているのだとか。時々メアリー様が治療をされているらしいけれど、メイナードが見る限りでは効果があるようには見えないと言われたわ。
お嬢様も是非お見舞いにとメイナードが進めてくれ、そのうえで今日は昼過ぎにはメアリー様が神殿に行くのでその間なら邪魔が入りませんよ、と言ってくれた。だったら大丈夫かしら。メイナードにラリー様の都合の好さそうな頃合いに呼んで欲しいとお願いして、声がかかるのを待った。
メイナードに呼ばれたのはメアリー様たちが出かけて少し経った頃だった。久しぶりに執務室に入ると、ラリー様は机に向かって書類を整理しているところだった。領主なだけに色んな書類の決裁をする必要があるけれど、最近は隣国との事もあって一層お忙しいらしい。それよりも……
「ラリー様、大丈夫ですか?お顔色が……」
久しぶりに間近で見たラリー様は想像以上に顔色が悪く、具合が悪いように見えたわ。麗しく生気に富んでいたお顔も今は目の下に濃い隈が出来ているし、表情も冴えない。思った以上にお疲れの様子に驚きを隠せなかった。
「ああ、シアか……心配をかけてすまない。色々やるべき事があってね」
そう言ってラリー様は力なく笑った。声にも張りがないわ。メアリー様はこんなラリー様を見て何とも思わなかったのかしら……
「少し休まれては……お顔色が悪いですよ」
「そう?でも、メアリーの治療を受けているし、疲れを取るというお茶も飲んでいるんだけどな」
聞けばラリー様は定期的にメアリー様の治療を受け、またメアリー様に貰った疲労回復にいいというお茶を飲んでいるのだと仰った。それでも最近は体調が優れず、でも休んでいる暇もないからかなり無理をしているらしい。
「あの、ラリー様……試しに治療致しましょうか?」
「シアが?でも、シアに負担が……」
こんなに具合が悪そうなのに私の心配をしてくださるのね。そのお気持ちは嬉しいけれど、今はラリー様の方がずっと具合が悪そうよ。
「私は大丈夫ですわ。でも、怪我の治療しかやった事がないので効果はわかりませんが……」
「そうか。なら、少しだけ……」
ラリー様はまだ躊躇されていたけれど限界に近かったのか、申し訳ないと重ねて仰りながらも私の提案を受け入れてくれた。そのことを嬉しく感じる。尤も、それを顔に出すのはラリー様の負担になりそうで控えたけれど……
「では、お手を」
ラリー様の手を取ると、自分よりも大きく骨ばった手の大きさにドキドキしてしまった。男性の手をこうして触るのは初めてはないのだけれど……これは治療なのだと自分に言い聞かせた。そうでなければ胸の鼓動がラリー様に伝わってしまいそうだったから。チラ、とラリー様に視線を向ける。間近で見ると一層ラリー様の顔色の悪さが際立ったわ。いくらお忙しいとはいってもこんなにも急におやつれになるものなのかしらとも思ったけれど、それだけ難しい案件を抱えていらっしゃるのでしょうね。
私は跳ねる心を抑えて目を閉じると、ゆっくりとラリー様の全身を包み込んで悪いところが消えていくイメージを浮かべながら力を込めた。後は力が切れるのを待てばラリー様の不調も治る筈。疲れ程度ならすぐに終わると思ったけれど、意外にも重傷者を治すのと同じくらいの力と時間を要したわ。どうしてこんなにも?これでは相当お辛かったのではないかしら……
「どうですか?」
力が途切れたのを感じた私は目を開けると、ラリー様は驚いた表情を浮かべていた。悪かった顔色がすっかり良くなって、目の下の隈も消えていた。どうやら聖女の力でも疲れを癒すことが出来るらしい。そのことに深い安堵が胸に広がった。
「凄いな……シアの力は」
「そうですか?」
「ああ、頭痛や変な疲れがすっかり消えたよ。メアリーではこうはいかなかった。いや、シアの力に比べれば、あれは……」
ラリー様は途中で言葉を切って考え込んでしまわれた。何かあったのかしら?それでもメアリー様よりもお役に立てたと知って喜ぶ自分がいた。
「お役に立ててよかったです。こんな使い方もあったのですね」
「ああ、助かったよ。ただ、この事は今は内密に出来ないかな?」
「内密に、ですか?」
「ああ、どうやら私の不調を利用してよからぬ事を考えている連中がいる様でね」
「そんな……」
「もしシアが治したと知れたら、シアが狙われる可能性もある。それだけは避けたいんだ」
そう言われてしまうとそれ以上は何も言えなくなってしまったわ。私は護身術も習っていないから狙われてはひとたまりもないから。ラリー様は犯人の検討は付いているし、出来れば今は泳がせておきたいのだと仰ったため、それを無下にする事は出来なかった。
ふと、紫蛍石の事を思い出した。あの石の片割れをラリー様に持っていて貰うのはどうかしら?もしかしたら何かの役に立つかもしれないわ。あの石は守りたい人に渡せと記されてあったし、今の私が一番守りたいのはラリー様だから。
ラリー様はこんな大切なものを……と躊躇されたけれど、私の不安解消のためにお願いしますと重ねてお願いすると、それなら……と受け取ってくださった。それだけで私は心が浮き立つのを感じた。




