セネット家の未来と過去
「アレクシア嬢がラリーに愛想を尽かしていないのであれば、このまま嫁いでほしい。ああ、それから、これを……」
「これは?」
陛下が差し出されたのは、大粒の薄紫の宝石が付いたペンダントだった。紫蛍石はセネット家を表す薄紫の石で、暗闇でもぼんやりと光を発するかなり珍しい石。聖女の力に強く反応するため、聖女の象徴でもあるわ。陛下が示されたものは建国時の国王から下賜されたものだとも言われている我が家の家宝だった。父がいずれ資金繰りに困って売り払ってしまう事を案じた祖母が、倒れる前に陛下に託したのだという。
「セネット家の当主の証でもある紫蛍石だ。婚約破棄後、直ぐに王都を離れたから渡す機会がなかったが、出来ればセネットの家名でいる間に渡したくてな……まぁ、二人がどうなっているかも気になったので、夜会に招待したんじゃ」
「そうでしたか」
「紫蛍石はアレクシア嬢に託そう。セネット家については暫くは王家預かりにしようかと思うがどうだろうか?」
「それは……願ってもいない事です。私は領主教育を受けていませんし、何をどうしたらいいのかも分かりませんから……」
陛下の提案は私にとって渡りに船だわ。本当に領地の事は全くわからないし、領民の事を思えば王家が派遣した方に管理していただくのが一番に思う。あの父がまともな領地運営をしていたかも怪しいだけに、問題点があっても国が管理してくれたら解決していただけるかもしれない。
「まぁ、セネット家については、いずれはそなたとラリーの子が継げばよかろう」
「……え?」
いきなり子どもの話など出てきて戸惑ってしまったわ。だって結婚式だってまだなのに、子供と言われても……第一、子どもは授かりものだし、都合よくセネットの色を持つ子が生まれるかしら……
「兄上、性急過ぎですよ。まだ式も挙げていないのに」
「そうか?じゃが、セネット家は建国以来の名家。このまま絶やすには惜しいからの」
「それは……力の事もあるからでしょう?」
「もちろんじゃ。セネット家の力は我が王家に聖女の加護があると示す意味合いが大きい。聖女の力なくして王家の求心力が保てないのは間違いないのだ」
ラリー様の指摘に陛下があっさりと是と答えられた。
「そうでしょうね。貴族の間ではアレクシア嬢との婚約は、王家に聖女の力を取り入れるのが目的だと噂されていますからね」
「長年の王家の悲願だから否定はせんよ。じゃが……アレクシア嬢をエリオットの婚約者にしたのは、元侯爵がアレクシア嬢の世話を放棄していたからじゃ」
「ええっ?」
思いがけない言葉に思わず声が出てしまった。エリオット様との婚約にそんな理由が?
「そ、そうなのですか?」
「ああ。自分が亡くなった後、アレクシア嬢がどうなるかわからないとクラリッサ殿が大層心配されてな。悩んだ末、クラリッサ殿は家の存続よりもアレクシア嬢の命の方が大事だと、保護も兼ねた婚約を了承したのだ。いくら王家でも当主の許可なくして婚約は出来んよ」
そう仰ると陛下は力なく笑われたけれど……先ほどから陛下のお言葉は驚くことばかりだわ。祖母は私とエリオット様の婚約についていつも不満を漏らしていたから、てっきり王命で強制的に婚約させられたのだと思っていた。
「まぁ、エリオットが成長したら別の意味で後悔されてしまったが……そこはこちらとしても申し訳なかったと思う。だが、それくらい元侯爵夫婦のアレクシア嬢への態度が酷かったんじゃ」
確かに、両親は私が熱を出そうとも一度として様子を見に来てくれたことはなかった。それは祖母が亡くなった後も変わらず、私は王家に見守られていたから事なきを得ただけだ。
「メイベル嬢の事でも、クラリッサ殿の心配は尽きなかったようだ。甘やかし我儘放題で、しかもろくな教育も受けさせていないと。あれでは貴族社会では生き残れない、いつか誰かに利用されて身を滅ぼすのではないかと、ずっと言っておられたからな……」
「そうだったのですか」
祖母がメイベルの心配をしていたとは意外だったわ。でも、厳しいけれど情の深いお祖母様だもの、同じ孫であるメイベルを心配していても不思議じゃなかったわね。両親が祖母にメイベルを近づけなかったし、ろくに教育も受けさせなかったから余計に心配だったのかもしれない。
「クラリッサ殿も……元侯爵を嫌っていたわけではなかったのだがな……むしろ他の親よりも心配していたくらいで……」
陛下のお話では、祖母は一人娘だったため、婿を迎えて自身が侯爵を継いだという。父が子供の頃、国内は天候不順による飢餓と疫病で大変な時期で、祖母は領民のために奔走していて、父のことは乳母たちに任せっきりだったという。父は繊細で甘えたがりだったため、祖母が滅多に家に帰ってこなくて寂しかったのだろうとも。実際子供の頃の父は祖母をとても慕い、仲が良かったのだという。
だけど成長と共に二人の間には溝が出来て、それは父の結婚を機に決定的となった。父が祖母の決めた婚約者ではなく家格も釣り合わない母と結婚すると言い出たから。しかも既に母のお中には子供までいるという貴族としてはあるまじき醜態付きで。これで二人の仲は決定的に悪くなり、同じ屋敷内にいながら絶縁に近い状態だった。
「親子とは難しいものじゃな……言うは易いが実際はままならぬものじゃ……エリオットにしても他の2人と同じように育てたはずが、あやつだけ道を踏み外してしまった。エリオットも元侯爵も……もう少し何かを変えておれば、結末は違ったのであろうか……」
陛下の苦しそうな声に、私は何も言えなかった。本当に、親子ですらも思う様にはならないわ……また、どうして父があんなに祖母や私を嫌っていたのかが少しだけわかって、私は何かが腑に落ちたのを感じた。ただ残念な事にその話は酷く他人事に感じられ、父の間の溝の深さを改めて突きつけている様だった。




