元婚約者の狙い
「シアは嫌がってなどいませんよ」
そう言ったエリオット様の言葉は、私を再び絶望へと落とし込んだ。彼がどうして痺れ薬を用意したのかと不審に思っていたけれど、これは私が抵抗していない、つまりはエリオット様を受け入れているとラリー様に見せつけるためだったのだ。
確かにこの場で私が抵抗すれば、エリオット様の暴走とみなされて彼が断罪されるだけ。仮に私が純潔を奪われても、私が拒んだとなればそのまま再婚約とはならないでしょうね。さすがに国王陛下や王妃様が私にそこまで強いることはないと思うし、ラリー様ならそうなっても私を娶ると仰いそうだもの。
そうなれば、エリオット様は目的を遂げられない。だから痺れ薬で私を黙らせて、その上で二人にこの場を見せつけたのね。ラリー様に諦めさせるために。そして、ご自身が王族として残るために。
そして、彼はメイベルを切り捨てたんだわ。メイベルを唆してここにラリー様を連れてくるように指示したのもエリオット様なのでしょうね……ボンクラだと思っていたけれど、こんな知恵が回るとは思わなかったわ……これは私の失態ね……
「叔父上、いい加減出て言って頂けませんか?シアに恥をかかせないで頂きたい」
「……」
「俺達は叔父上と違って長い付き合いがあるんです。ちょっとすれ違ったけど、もう誤解も解けました」
「そんな……エリオット様…」
「メイベルも、王子妃教育が辛いんだろう?君にはもっと自由な世界と優しい相手が向いているよ。そうだね、叔父上みたいに年上で包容力のある方とか……」
「え?あ、あの……それは……」
これは何の茶番なのかしら? エリオット様とメイベルは悦に入っているけれど、体よく私と再婚約して、持て余したメイベルをラリー様に押しつけようという魂胆が見え見えだわ。
そしてメイベルも相変わらずだった……王子妃教育に嫌気がさしたからって、ラリー様に媚びる態度があからさま過ぎて頭が痛くなる……昨日あんなにラリー様に拒否されたというのに、今も上目使いでチラチラとラリー様の様子を窺っているなんて凄い心臓の持ち主よね。
でも一番腹立たしいのは、こんな状況が分かっているのに何も出来ない自分だわ。エリオット様の言い分には一理あるし、何と言っても未だに王子。残念ながら既に王籍を外れたラリー様が逆らえる相手ではないもの。このまま易々とこの人の思惑通りになるなんて……私はエリオット様の策に嵌ってしまった自分と、動けない身体を呪った。
「……はぁ……言いたい事はそれだけか、エリオット」
頭を振りながら深々とため息を付いたラリー様は、これまでの無表情を捨てて辟易した様子を隠しもしなかった。
「な……お、叔父上?」
「何だ?」
「何って……あの……」
「ああ、ハッキリ言わないと分からないのか?全く、どこまでも愚鈍な」
「なっ……!」
ラリー様の辛らつで直接過ぎる言葉にさすがのエリオット様も顔を赤くした。
「シアがお前とよりを戻したがる訳がないだろう? あんなに嫌われているのに」
「は…?え…?あの…」
ラリー様の真面目な指摘にエリオット様がうろたえたけれど……自覚がなかったの?
「シアはお前の顔なんぞ二度と見たくないと言っていたんだぞ。何故気が付かないんだ?認識能力の欠陥が酷すぎるが、医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」
「なっ…!叔父上とはいえ、失礼ですよ!」
さすがにラリー様に馬鹿にされていると気が付いたのか、エリオット様が激昂した。
「シアは私の婚約者だ、返してもらおう。そして……私の婚約者に狼藉を働いたんだ、覚悟は出来ているんだろうな?」
「なっ……くっ……お、叔父上、俺は王子であなたよりも立場は上だ! あ、あなたこそ臣下の分際で口が過ぎるだろう!不敬だ!」
確かにラリー様は生まれは王族だけど今は臣下の身分。立場的にはエリオット様の方が身分が上で、ラリー様がエリオット様に逆らう事は許されない。もちろん、陛下や王妃様はラリー様に重きを置いているけど……それは内々の事なのだ。下手をすればラリー様の方が不敬罪に問われてしまうわ。もしかしたらエリオット様の本当の目的はこれだったのかしら……私は嫌な予感に心が凍り付くような気がした。息が苦しい……
「近衛騎士!!!」
エリオット様がとうとう大声を上げて部屋の外にいる騎士たちを呼んだ。何事かとドカドカと靴音を立てて騎士たちが部屋に押しかけてきた。ああ、最悪だわ……私のせいでラリー様が不敬罪に問われるなんて……申し訳なさ過ぎて涙が出そうになった。深い無力感と後悔、そして口惜しさが胸に広がった。
「叔父上、いや、ヘーゼルダイン辺境伯を捉えろ。私に無礼を働いたんだ!」
近衛騎士がやって来たのを目にしたエリオット様は得意げに騎士たちにそう命じた。この状況ではラリー様が不利なのは一目瞭然だわ。私のせいでラリー様が……それに、ラリー様たちが去ってしまったら、私はエリオット様に……
そう思うと絶望と悔しさと怒りで、目の前が真っ赤に染まった気がした。こんなに誰かを憎いと思ったのは初めてだわ。婚約破棄された時ですら、ここまでの怒りはなかったのに……
「二人とも、さっさと出て行ってください。俺はシアと親交を深めるのに忙しいのでね」
「……エリオット」
騎士たちが来ても、ラリー様は眉間のしわを深めたままエリオット様を見ていた。そこには呆れや怒りだけでなく、何か痛ましいものをみるような、そんな思いが含まれているように見えた。
「……ふぅ……仕方ない。やってくれ……」
大きくため息を吐かれたラリー様はエリオット様から視線を逸らすと、騎士たちの方を向いて軽く手を上げた。一方でエリオット様は勝利を確信したのか、にやりと嫌な笑みを見せた。ああ、ラリー様、申し訳ございません……
「エリオット殿下。あなた様を反逆罪で逮捕します!」
先頭にいた騎士が重々しく告げた。




