元婚約者の暴走
王妃様の名を使って呼び出された私は、エリオット様からとんでもない提案をされた。ラリー様と婚約解消してエリオット様ともう一度婚約し直すというものだったけれど……そんなことは無理だと、王命に反することは出来ないと断ると、今度は騙されたと言い出したわ……
「……騙された?」
「ああ、そうだろう。お前は勉強もマナーも講師に褒められるほど完璧だった。だったらその妹だって人並みに出来て当然と思うのが普通だろう?」
何を言っているのかしら? それを言ったらエリオット様はどうなのよ? 兄君お二人は優秀なのにご自身は残念王子と呼ばれているのよ。兄弟姉妹だからって同じとは限らないでしょうに。
「失礼ですがエリオット様、メイベルの淑女教育が出来ていないことは何度も申しておりましたわ。でも、それでも構わない、むしろ純粋で好ましいと仰ったのはエリオット様です。それを騙したなどと仰られましても……」
「う、うるさいっ!!」
「……っ!」
これまで珍しく私の前で薄ら寒い笑顔を浮かべていたエリオット様だったけれど、急に声を荒げたわ。どうやら痛いところを突いてしまったらしい。
「このままじゃ、俺は王族から追放の上ただの伯爵になってしまう! 冗談じゃない! 何で王族に生まれた俺が臣下に下らなきゃならないんだ!」
「……」
それはご自身のこれまでの行いのせいでしょうに……
「それにメイベルもメイベルだ。母上に結婚の条件は王子妃教育を半年以内に終わらせることと言われたのに、殆ど出来ていない。最初は頑張ると言ったのに、それも一週間も続かなかった! 講師から逃げてばかりでちっとも進まないし、母上からも叱咤されると泣くばかりだ。その度にこの俺が庇ってやったのに何も努力しない。しかも教育の時間だっていうのにいつの間にか逃げ出して他の男と茶など飲んでいるなんて!」
メイベル、何をやっているのよ? 半年で王子妃教育を終わらせるなんてメイベルには無理なんじゃないかとは思っていたけれど……授業を放り出して他の男性とお茶していたなんて……! メイベルはもうエリオット様と結婚したくないと思っているのかしら……
そりゃあ、王子妃になってもあの王妃様にずっとお小言を言われ続けるだろうし、臣下に下れば伯爵位で実家の侯爵家よりも下になるわ。怠け者で何も考えていない子だもの、面倒になって、だったら違う相手にした方がいいと思っても不思議はないわね……メイベルにとってはチヤホヤして甘やかしてくれる相手ならエリオット様でなくてもよさそうだもの……
「それに、お前もお前だ!聖女の力があるなら何故隠していた?」
「隠してなどおりません。エリオット様にはお伝えしてあると王妃様は仰っていました」
これは王妃様から直接聞いたから間違いないわ。
「嘘だ! じゃ、何故他の貴族は知らなかった?」
「それは陛下に口止めされていたからです。私がよからぬことを考える者たちに奪われないようにするためにと」
ちょっと考えればわかりそうなことだと思うのだけど……
「でも、お前の両親だって知らなかったじゃないか!」
「……両親は、祖母と同じ色を持つ私を疎ましく思い、遠ざけていましたから。両親にとってはセネット家の色も聖女の力も忌々しいものだったのでしょう」
私が実家で冷遇されていたことも王妃様から聞いてご存じだったでしょうに。この方、本当に私に興味がなかったのね。
「……なんだと……」
「彼らが必要としていたのは家の利益になる道具としての私です。王家から私にと下賜された支度金も殆どがメイベルに使われていました。メイベルが私よりも高価なドレスを着ていたこと、お気付きになりませんでしたか?」
「……」
やっぱり私とメイベルの扱いの差に気が付いていなかったのね……ドレスもアクセサリーも、いつだってメイベルの方が明らかに上等なものだったのに。王妃様が気を使って手配くださったから体裁を保てただけ。
「エリオット様とメイベルの結婚も王命です。今更反故にするなど陛下がお許しになりませんわ」
「確かに今のままじゃ父上だって許してはくれないだろうな。父上はお前と婚約破棄をした時点で俺を追放する気だったのだろう。最初から無理難題を吹っかけて……」
悔しそうに歯ぎしりして忌々しそうな表情を隠そうともしない。こんな表情や発言を誰かに見られたら大変なことになるのに……
「陛下はそのようなお考えではなかったと思いますが……」
「いいや、昔から俺は兄上や弟と比べられてはため息を付かれていた。父上も母上も俺が嫌いだったんだ」
「……」
エリオット様も一応、周りの空気は読んでいたのね。だけど陛下たちがエリオット様を疎ましく思っていたというのは誤解だわ。むしろ他の王子殿下たちよりも気にかけていらっしゃったのだから。
「だが……それでも俺は王族なんだ。だからどんな手を使ってでもお前ともう一度婚約し直す」
「……」
既にエリオット様の目は熱に浮かされて、ここではない何かを見ているように見えた。その姿に押さえていた恐怖感が一気に高まった。立ち上がって逃げ出そうとして……私はその場に崩れ落ちた。どうしたの? 身体に力が入らない……
「な、にを……?」
「なに、ちょっと身体が痺れる薬を飲んだだけだ。心配は無用だ。お前は俺の妃になるのだからな」




