呼び出した人物は…
「久しぶりだな、アレクシア」
侍女の後ろから現れたのは私が最も会いたくないと思っていたエリオット様だった。あんなに私を嫌っていたのにどういうつもりなのかしら。嫌な予感に身構える。接触してくる可能性はほとんどないと思っていたわ。でも、もし万が一あるとすればそれはろくでもない理由だろうとは思っていたけれど……
「……お久しぶりです、エリオット様。今日は王妃様のお召しで参上しておりますが、何の御用でしょう?」
あえて王妃様の名を出して、こんなところで油を売っていると王妃様の耳に入るわよとけん制した。彼が王妃様を苦手としているのは明白だから。最近は王子妃教育が上手くいかないメイベルを庇って、王妃様との仲は一層冷え込んでいると友人たちっが言っていたわ。元より怠け癖があって深く考えるのが苦手なエリオット様に王妃様は厳しい。他の王子殿下たちは勤勉で聡明だから何も言われないのだけど、王族の自覚が薄いエリオット様は自分だけが理不尽に厳しくされていると思っているのよね。
「ああ、母上なら今は公務の最中だ」
「……左様でございますか」
「用があって呼び出したのは俺だ」
「なっ……王妃様の名を騙るのは例え親子でも許されないことですわ。そんなことが王妃様のお耳に入ったら……」
やっぱりそうだったのね。何となく嫌な予感はしていたし、顔を見た瞬間騙されたとは思ったけれど、まさか本当にやらかすなんて。いくらエリオット様が実子で王族でも陛下や王妃様の名を騙ることはは決して許されないわ。それは国を左右する立場である以上当然で、悪用されれば国の根幹にも関わるから。そんな単純な事も理解出来ていなかったなんて……
「まぁ、せっかく来たんだ。茶でも飲んでいけ」
「ご遠慮申し上げます。王妃様の御用でないのであればこれで失礼いたします。今後は二度とこのようなことはなさいませんよう」
胸に広がる嫌悪感を抑えながら、私は屋敷に帰るために席を立った。エリオット様と二人きりでいるなんて、誰かに見られたら何を言われるか分かったもんじゃないから。いくらユーニスやあの侍女がいても、未婚の、それも婚約者がいる男女が部屋に二人きりでいたなど、はしたないと後ろ指を指されても文句は言えないから。
「そう言うな。今日はお前にとっていい提案を持ってきたんだ」
「……提案?」
そんなこと言われても胡散臭いし、絶対に聞かない方がいい話に決まっているわ。エリオット様の頭の弱さと考え無しは今に始まったことじゃないし、これまでもエリオット様が持ってきた「いい話」は全てろくでもない話だったのだから。そうは言っても今は一臣下の私にエリオット様を振り切って帰ることも難しいわ。どうしたらいいの……
「そう、提案だ。なに、簡単な事だ。叔父上との婚約を解消して、俺と婚約し直すだけの事だ」
「……」
この人、とうとう頭がおかしくなったのかしら……言われた言葉は頭に入ってきたけれど、その意味が消化しきれなくて思わずこめかみを指で押さえた。うん、これは本当におかしくなったといっていい案件だわ。王命の婚約を反故にして、一度婚約破棄すると言った相手と婚約し直そうなんて……王妃様には直ぐにでも療養させるべきだと奏上した方がよさそうね……治癒魔法では治せないし。
「何を馬鹿なことを。私とラリー様の結婚は王命です。そう簡単に解消など出来るはずがございませんわ」
「そんなことはない。ちゃんと手はあるからな」
「……え?」
何かしら、エリオット様の余裕とすらもいえるこの笑みは……元より妄想癖はあったけれど今度は何を考えているの? いくら息子であっても王命を覆ることなど簡単に出来るはずもないのに。
「それに、メイベルはどうされるのです? メイベルを愛しているからと私と婚約解消をされましたのに」
「……メイベルのことを気にする必要はない」
「はい?」
気にするなって言われても気になるわよ。あんな子でも妹なのよ。
「確かに愛らしいさ。だけど……あんなにも出来が悪いとは思わなかった」
「そんなこと、最初から分かっていたではありませんか……」
今さら何を言っているのかしら? あの子がマナーを理解していないのは誰の目にも明らかだったのに。そもそもエリオット様はそんなメイベルに惹かれたんじゃなかったの?
「そうだな。だが、淑女教育すらも出来ていないなんて、普通思わないだろう?」
いえいえ、あなた様ご自身も似たようなものなので大変お似合いですが……そう言ってやりたかったけれど、さすがにそれを言ったら激高するわよね。これ以上興奮させるわけにはいかないから言わないけれど……
「このままでは、俺は王家から追放だ」
「……それを承知の上でメイベルをお選びになったのはエリオット様ではありませんか」
「ああ、そうだな。だが、俺は騙されていたんだ」




