空気が読めない妹
「初めまして、ラリー様。セネット侯爵家のメイベルですわっ」
エリオット様たちから離れようとした私たちは、メイベルによって遮られてしまった。全くこの子は、紹介されてもいないのに自ら名乗り出るなんて……立場が上の者に下の者が声をかけるのも、許可もなく愛称を呼ぶのもマナー違反。相手は臣下に下ったとはいっても陛下の弟君なのよ。不敬罪並みの事をしでかしていると分かっているのかしら……
それに、エリオット様の婚約者に内定したのに変わっていないのね。まだ淑女のマナーが身についていないのかしら? 既に王子妃教育も始まっていると聞いているけれど……
「……ああ、君がエリオットの新しい婚約者か」
「はいっ! メイベルと申します」
目をキラキラと輝かせ、上目使いで庇護欲をばっちり効かせたメイベルは、エリオット様の存在など忘れたかのように頬を染めてラリー様を見上げていた。ふぅ……こういうところも変わらないわね……男性なら誰でも自分に注目すると思っているから、ラリー様も同じように思っていそうだわ……
「そう。ヘーゼルダイン辺境伯ローレンスだ」
「お会いできてうれしいですわ、ラリー様」
メイベルはすっかりラリー様相手に目がハートだ。ああ、また悪い癖が出たわね……しかも人が多く集まる夜会で……自分がエリオット様の婚約者の内定を頂いていると理解しているのかしら……
そして…ラリー様との温度差が凄い……ラリー様、にこやかな表情ではいらっしゃるけど……声がいつもよりも固いし、目が笑っていない気がするわ……
「セネット嬢」
「嫌ですわ、ラリー様。他人行儀ですわ。私のことはメイベルとお呼び下さいませ」
「悪いがあなたとは今日が初対面だ。それに、私は君に愛称どころか名を呼ぶことを許した思えはない。控えたまえ」
ラリー様が僅かな笑みも見せずにそう指摘した。これ、かなり気分を害されていらっしゃるわよね。黒いオーラが出ているような気がするのは私の気のせいかしら……
「で、でも、お姉様の婚約者でいらっしゃるなら、私にはお義兄様ですのに」
メイベルはいつも通り、相手に拒まれるなど考えてもいないのでしょうね。いつも通り甘えた仕草で話しかけているわ。だけど、メイベルが話せば話すほど、ラリー様の機嫌が急降下しているように見える。メイベルったら、ラリー様から放たれる雰囲気に気付かないの?
「結婚は王命だというのに、セネット家は手紙を送っても返事一つ寄こさなかった。その様な不義理をする家の者を、義理とは言え妹などと思えるわけがないだろう。不愉快だ」
「え……?」
とうとうラリー様が形だけの儀礼も捨てて不機嫌を露わにした。人に拒否された経験が殆どないメイベルは、状況が理解出来ないようでキョトンとした表情でラリー様を見上げている。周りの人たちもラリー様の変化に表情を固くしているわ。もしかしたらこんなに不快感を露わにされたことがなかったのかしら?
それに……やはりラリー様は実家の態度に気分を害されていらしたのね。でもそれも当然だわ。父は私だけでなく、ラリー様が辺境伯として正式に送った手紙にすら返事を寄こしていないのだから。貴族間の礼儀を大いに失しているし、それ以前に王族だった方にやっていい態度じゃないわ。確かにラリー様は辺境伯だけど今でも準王族の扱いで、辺境伯の元へ養子に入らなければ公爵に叙せられていずれは宰相にもなられた方なのだから。
しかも王家は私の支度金を実家ではなくラリー様に直接渡すくらいなのよ。これって王家から信用出来ないと宣言されているも同然でとんでもなく恥ずかしいことなのに、両親はそれが理解出来ないのよね。貴族としてあるはずの常識が諸々欠けている。建国以来の名家だからと多少のことは見ない振りをしていただいているけれど、このままじゃ爵位を剥奪されかねないわ。
そして、そんな両親に甘やかされて育ったメイベルには令嬢としての常識も教養もないのよね。お祖母様がずっと心配していたけれど、彼らにその懸念は一つも伝わらなかったのね。
「今後は名を呼ぶのは控えるように」
「え……? あ、あの……」
「エリオット、失礼するよ。今後君の婚約者は私に近づけないでくれ」
戸惑ったままのメイベルを無視してラリー様がエリオット様に冷たく言い放った。
「……は、はい、叔父上……」
「え? ラ、ラリー様?」
「名を呼ぶなと言っただろう? 聞こえなかったのか?」
「あ……」
何度言っても理解出来なかったメイベルに、さすがにラリー様もうんざりしたらしく、見たこともない冷たい表情で言い放った。あの穏やかなラリー様でもこんな表情をされるのね。メイベルの態度が申し訳なかった。
ラリー様は踵を返すとエリオット様たちに背を向けた。振り返って軽く会釈をした。そこにはまだ呆然としているエリオット様と、悔しそうな表情を露にしたメイベルが立ちすくんでいた。




