噂と現実
婚約破棄以来の夜会は、ラリー様の婚約者として参加したけれど……案の定、エリオット様とメイベルに捕まってしまった。彼らは私をバカにしたくて仕方がないから、もしかしたらこの夜会も彼らが仕組んだのかもしれないとは思っていたけれど……
ラリー様は国王陛下の弟君で、エリオット様には叔父に当たる方。しかも王族でいらした時は騎士団を束ね、国内有数の騎士との誉れも高く、騎士たちからの信頼と人気は絶大だったと聞くわ。非常に優秀で陛下が即位された折には、ラリー様を宰相に……と望まれたと聞く。
でも、まだあの頃は陛下の即位に異を唱える者が多かったとか。ラリー様を国王にと押す勢力があったため、政争の種になるのを厭って自ら臣下に下られたのだ。
だけど……いつからかラリー様が顔に大きな傷を負い、それが原因で性格まで冷酷非情になられたとの噂が広まっていた。でも、甥であるエリオット様がこんな風に貶めていい相手ではないはず。実績からすればエリオット様なんてラリー様の足元にも及ばないのだから。
「久しぶりだな、エリオット」
驚愕から戻ってこないエリオット様に焦れたのか、ラリー様がエリオット様に声をかけた。うん、こうして並ぶだけでも二人の格の差は歴然だわ。そして、その外見も……エリオット様も美形ではあるけれど、それは顔の造形だけ。落ち着いた物腰に放つ威厳、鍛えられた身体と自信に満ちた表情、そして年を重ねてにじみ出る艶。どれもエリオット様にはないものだわ。
「お、叔父上……!?」
「何だ? 私の顔をもう忘れたか?」
「い、いえ!とんでもございませんっ! お、お久しぶりでございますっ!」
呆気に取られていたエリオット様だけど、顔を覗き込むように声をかけられてようやく我に返った。今にも舌を噛みそうだけど、大丈夫かしら?
「ああ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「は、は、はいぃっ!叔父上もお変わりなく……」
「ああ、相変わらず隣国との小競り合いが収まらないが、この通り息災だ」
嫌だわ、エリオット様ったら……そんなに焦ってどうされたのかしら? いくらラリー様の放つオーラが際立っていたとしても、エリオット様だって第二王子なのよ。もっとシャキッとしてくれないと国の威信にかかわるのに。
「そ、それにしても叔父上……」
「何だ?」
「そ、その……お顔は?」
「顔?」
「え、ええ。噂では、顔に酷い傷を受けられたと……」
やっぱりエリオット様が驚いたのはラリー様のお顔のせいだったのね。あの噂を鵜呑みにしていたのがこれではっきりしたわ。入場してからは他の貴族たちも同じようなことをを囁いていたけれど。
「そんな事実はないが? どういう訳かそんな噂がこちらでは広がっていたらしいな。まぁ、お陰で興味のない女性からの誘いが減って平和ではあったが」
「さ、左様でございますか……」
「噂を鵜呑みにする様な底が浅い女性はお断りだからな。助かったよ」
ラリー様ったら、見事なまでのけん制だわ。これではラリー様に突撃しようとした女性たちも下手に動けないわね。だって、急に声なんかかけたら噂を鵜呑みにしていたと白状している様なものだもの。そしてさりげなく私を抱き寄せるのも勘弁してほしいわ。周りからの視線が痛すぎる……
「ああ、それからエリオット」
「は、はい、何でしょう?」
「私にシアとの結婚を命じたのはお前らしいな?」
「は、はひぃっ! そ、それは……」
嫌だわ、エリオット様。そんな飛び上がらんばかりに驚かなくてもいいのに。それにラリー様は辺境伯家の当主なのよ。時期がいつになってもいつかはラリー様と顔を合わせることになるわ。その時に何も言われないと思っていたのかしら?
「礼を言うよ」
「は、はいいっ!?」
「こんなに愛らしく有能な女性を宛がってくれたんだ。領民も喜んでくれているし、素晴らしいご令嬢を紹介してくれて助かったよ」
「は、はははいぃっ! おお、お役に立てたなら何よりですっ!」
エリオット様ったらすっかり舞い上がって挙動がおかしいわ。完全にラリー様の完勝ね。元から器が違ったのだけど……でも、私も婚約者がラリー様に代わったのは本当によかったわ。だってエリオット様じゃ、将来苦労するのは目に見えていたから。
「それじゃ失礼するよ。エリオット、また改めて礼をするよ」
「れ、礼? い、いえ、そのようなお気遣いは無用で……」
「そうはいかないよ。こんなに愛らしくて素敵な女性を妻にしてくれたんだ。ありきたりな礼ではとても感謝の気持ちを表せそうにないから、期待していてくれ」
そう言ってにっこりと微笑まれた。その麗しい笑顔に解消からは再び黄色い悲鳴が上がり、エリオット様の顔色が益々青くなった。ラリー様、絶対わざとですよね? もしかしてエリオット様で遊んでいらっしゃる? でも、これでエリオット様はすっかり戦意を失ったようだからもう絡んで来ないわね。そう思ったのだけど……
「は、はじめましてっ! ラリー様!」
このままこの二人から離れようと一歩を踏み出そうとした私たちは、メイベルの声に遮られてしまった。ああ、やっぱりこうなるのね。頭が痛いわ……




