王都へ向けて出立
王家の夜会の招待状を受け取った私達は、一週間後にヘーゼルダイン辺境伯の屋敷を出発した。今回はラリー様が護衛騎士団を編成し、ここに来る時とは随分と様相が変わったわ。途中で何があるかわからないからある程度の余裕が必要だからと、私たちは夜会の三週間前にヘーゼルダインを発った。夜会に出る準備も必要だし、ラリー様は陛下と隣国の件で話し合いたいことがたくさんおありの様子だった。
ヘーゼルダイン辺境伯領は隣国に接する国の要所で、交易用の街道もある。それらへの対応に関わる業務量は他領とは比べ物にならないのだとか。だからラリー様は臣籍降下される際にこの地をお選びになったそうだ。
領邸にはおじ様が留守番役として留まり、隣国に目を光らせることになった。元々おじ様のお力で領地は持ち直したから領民からの人気は絶大で影響力は今も健在なのだ。
それに、引退の原因になった怪我を治したらおじ様ったら張り切ってしまわれて、
「もう一度騎士団に戻るか」
「おじ様、いまさら何を……」
「そうは言うがシア、わしと年の近い奴もまだ騎士をしているぞ。だったらわしだって……」
「義父上、ずっと騎士を続けていたのならともかく、一度引退されたのです。無茶ですよ」
やる気になっていたおじ様を止めてくれたのはラリー様だった。
「体を鍛えるのは構いませんが、程々に願いますよ」
「そうですわ、おじ様。無茶はなさらないで」
「……お前たち、人を年寄り扱いしおって……」
おじ様は尚も渋っていたけれど、使用人や騎士たちと一緒に何とか止めたわ。おじ様には悪いけれど、もう何年も離れていたのだから現役復帰は無茶だわ。怪我は治っても落ちた筋力は戻らないのだから。
王都への道中は特にすることもなかったからラリー様とたくさん話をした。行きと違って広くて乗り心地のいい馬車を用意して下さったからお尻が痛くなることもなく快適だった。ラリー様は身体がなまると仰って一日の半分は馬で移動されていたけど、その間はユーニスとお喋りを楽しみながら変わる景色を楽しんでいた。やっぱり騎士団に守られての移動は気分的にも楽だわ。四人の護衛で向かおうなんて無謀だったと今ならわかるわ。
王都には予定通り二週間で到着した。王都のヘーゼルダイン辺境伯の屋敷は王城から少し離れていたけれど、手入れの行き届いた立派な建物だった。辺境伯という特殊な環境にあるせいか、王都の屋敷も貴族的な秀麗さよりも実用性を重視されているように見える。
「旦那様、セネット様、お待ちしておりました」
この屋敷の管理を任されているのは、イザードという四十代の男性だった。彼は元々伯爵家の出だけど、ヘーゼルダインに養子入りしたラリー様についていき、辺境伯領の騎士団に入ったという。その中の部隊を一つ任されていたけれど、戦闘で負った怪我が元で引退したのだとか。細々としたことにも気が付き、王都育ちでこちらの事情にも明るいためこの屋敷を任せることにしたのだと仰った。
「久しいな、イザード、変わりないか?」
「はい、特には。セネット様のお部屋も完成しておりますよ」
「そうか、手間をかけたな」
「いえ、この程度のこと、造作もありません。さ、まずはゆっくりなさってください」
そう言ってイザードが居間へと案内してくれた。建物は古いけれど管理が行き届いているわね。それだけで使用人が優秀だとわかるわ。お茶をいただきながらイザードが王都の様子を話してくれた。
「そういえばイザード、私の実家から手紙が届いていない?」
ヘーゼルダインを発つ少し前に実家の父に手紙で王都に行く旨を知らせたのだ。私たちは直ぐに王都に向かうから、返事はヘーゼルダインの王都の屋敷へと付け加えて。
「いえ、セネット家からは特には……」
「そ、そう……」
信じられないわ。ラリー様が王都にいらっしゃるのだから挨拶に来るのが当たり前なのに。それでなくても婚姻の準備を何一つせずラリー様に負担をおかけしているのに……一体どういうつもりなのかしら。頭が痛い……
「ラリー様、申し訳ございません」
居たたまれないわ、わかってはいたけれど、ここまで非常識だったかしら。いえ、今はメイベルがエリオット様の婚約者になって浮かれているのでしょうね。
「シアの事情は分かっているから気に病むことはないよ。それに、非常識な家族と付き合わなくて済むんだ。かえって気楽だよ」
私を気遣ってくださるのね。そのお気持ちが嬉しい……だけど仰る通りかもしれない。下手に擦り寄って来られる方が気持ち悪いわ……
「そんなことよりも、シアの部屋の改装が終わったんだ。見に行こう」
暗くなった空気を払拭するようにラリー様がそう言って立ち上がると手を差し出された。その手は実家から引き上げてくれる救いの手のようだわ。手を重ねるとその大きさと温かさに何だか泣きたくなった。
案内されたのは正妻のための部屋だった。婚約披露パーティーの頃からで改修を始めて、最近終わったばかりだという。
「あなたはもうここの女主人だ。この部屋も好きに変えてくれ」
「ありがとうございます。でも……そんな必要がないくらい素敵ですわ」
「気に入ってくれたならよかった」
私好みの内装に変えられていた。広くて日当たりもよくてとても明るいわ。セネット家の自分の部屋とは大違いだった。その明るさに人生がいい方に向かっているのを感じた。




