王子妃教育なんてやりたくない◆
「メイベル様、また間違えていますよ」
冷たい口調に身が縮む。これで何度目の叱咤かしら……私は今日もまた、朝から王宮で王子妃教育を受けていた。
お姉様を追い出してエリオット様の婚約者に内定したのはよかったけれど……あれから私の生活は一変してしまった。朝から晩まで王子妃教育、家に帰れば出来なかった分の課題……もう、寝る時間以外は勉強漬けの生活になってしまったわ。
最近では進みが遅いからと、エリオット様とのお茶の時間すらも奪われてしまった……そのせいでより一層やる気が出ない。今では王宮で時々すれ違う時くらいしかお顔を見れないのよ。
それに講師の人たちも意地悪で大っ嫌いだわ。言っていることが難しすぎて意味がわからないもの。わからないから尋ねると、みんな一様に驚くのよね。それって失礼じゃない?
しかも二言目には「アレクシア様は……」ってお姉様と比較してきて。お姉様は子どもの頃からエリオット様の婚約者と決められていて、ずっとその為の勉強をしていたのだから出来て当然じゃない。私はこの家を継ぐから、淑女教育だって無理にしなくていいってお父様もお母様も仰っていたわ。だから出来てなくても仕方ないのに……お姉様は地味で可愛くもないし、私みたいにパーティーやお茶会にも誘われなかったから仕方なく勉強していたのに……
でも、講師にそう言ってやったら、またしても呆れたように私を見るのよ。どういうこと?全く、失礼にも程があるわ! あまりにも腹が立ったから王妃様に告げ口してやったのに、王妃様まで同様にため息を吐かれるし……王妃様、厳しいって噂だったけど、あれは意地悪って意味だったのね。でも、表立ってそんなこと言えないから、厳しいって言葉で誤魔化していたんだわ。
それに……今日もエリオット様にお会いしたけど、結局は勉強を頑張りなさい、って言うだけ。私がどんなに我慢して勉強しているのか全く分かってくれていない。以前は何をしても許してくれたし、優しかったのに……せっかくお会いしたのだもの、以前のように二人でお茶でも……って誘ってくれると思ったのに!
はぁ……エリオット様を射止めてお姉様を追い出したけど……王族って思ったよりも大変だし疲れるのね……正直、もう面倒くさいし、エリオット様も優しくしてくれないから他の人でもいいかな、って思っちゃうわ。
だって、王子妃教育がダメになった場合、エリオット様は王族から追放されて、与えられるのは伯爵位だって噂もあるのよ? 伯爵位じゃ私の家よりも家格が下なのよね……確かに王子妃は国のトップだし、私の上になるのは、王妃様と王太子様のお妃様だけになるけど……こんなに勉強が大変ならもういいかな、って思っちゃう……
第一、エリオット様もいけないのよ? 私が王子妃になっても何もしなくていい、メイベルは俺の隣で笑っていてくれれば十分だって言っていたのに。こんな、王子妃教育の話なんてしていなかったじゃない。こんなの、詐欺だわ。
「メイベル様、どうかしたの?」
エリオット様と別れて仕方なく教室に戻る途中、私は声をかけられた。
「まぁ、ジェローム様」
声をかけてくれたのはエリオット様とも仲のいい、メイシー侯爵家のジェローム様だった。私と同じ歳で、とても頭がよくて優秀な方だ。栗色の髪と深緑の瞳はありふれているけど、容姿は整っていて正に美少年って感じ。エリオット様も交えて一緒に遊んだ大切なお友達なのよね。
「エリオット様に会いに行ったのですけれど……お忙しいと言われてしまって……」
「……そうですか。それは残念でしたね」
「ええ、でも、仕方ありませんわ……エリオット様もお忙しい方ですから……」
お姉様と婚約破棄してからは一層忙しいみたい。噂ではエリオット様のお仕事をお姉様が代わりにやっていたとか。
「そうですね。では、私とお茶など如何ですか?」
「え? よろしいのですの?」
エリオット様以外の男性とお茶なんかしてもいいのかしら?
「二人きりでなければ問題ないでしょう? 使用人も侍女もおりますから大丈夫ですよ」
だったら二人きりじゃないわよね。ちょっとだけならいいかしら? このまま授業を受ける気分じゃないし……
「お可愛らしいメイベル様がそんな風に打ちしおれているのに、放ってなどおけませんから」
そう言ってジェローム様は優しく微笑まれた。そうよ、エリオット様だって、本当はこうあるべきなのよ。久しぶりにかけられた優しい言葉に、私はようやく気持ちが上向くのを感じて彼の手を取った。




