危機感のない婚約者◆
俺がアレクシアと婚約破棄してから、三か月が過ぎた。
あれから俺を取り巻く環境は、随分と変わってしまった。まず、俺を見る周りの目が……以前よりも冷たくなったことだろうか。以前は第二王子として、兄上に何かあった時のスペアとして、俺は兄上ほどではないが重宝されていた。いくら兄上が優秀で健康であっても、流行り病で突然……なんてことはいつの時代もあるし、それこそ暗殺者には四六時中狙われている。兄上の代わりがいることは、国の存続と言う点でも大きな意味があった。
なのに今、俺は兄上のスペアとしての立場が危うくなっていた。全てはあの婚約破棄からだ。アレクシアとの婚約破棄をして、その妹のメイベルを新たな婚約者とした俺に、両親をはじめとする周りの目は冷たかった。最近では俺の弟でまだ十二歳のグレンを俺の代わりに……との声まで上がっている。それもあからさまに、だ……
それと言うのも……メイベルの王子妃教育が全く進んでいないからだった。
「エリオット様ぁ、助けて下さい!」
次の予定のために廊下を歩いているとメイベルが走り寄ってきた。今日も王子妃教育の授業から逃げてきたらしい。半年以内に王子妃教育を終わらせないと俺は王族から追放されて臣下に下ることになる。アレクシアが完璧に王子妃教育を終わらせていたから、メイベルも淑女教育は終わらせていると思っていたのだが……
どうやら彼女は、淑女教育すら終わっていなかったらしい。本人に聞いてもはっきり答えないから確証はないが……それでも、これまでの態度やその後の夜会での態度を思うと、終えていないのが妥当だと言えそうだ。何てことだ、これじゃ俺の未来は真っ暗じゃないか……!
「メイベル……今は授業中じゃなかったか?」
「え……あ、あの……」
ああ、つい言葉がきつくなってしまう……メイベルを怯えさせてしまった。こんなに可愛いメイベルにこんな表情をさせたくない……だが……
「あ、その……講師の方が……意地悪くって……」
「……意地悪?」
おかしなことを言う。彼らは国内でも有数の講師で、俺だって世話になった方々だ。確かに厳しくて腹も立つこともあったが、それも王族としての品性を保つためには仕方がない。厳しいが意地悪をするような方々ではないだろうに……
「ええ、そうなんです! 何かというとアレクシア様は……アレクシア様だったら……とお姉様と比べてきて……きっと私が可愛いから嫉妬しているのですわ……」
「まさか……」
彼らは親と同世代だぞ。今さら可愛いかどうかなど気にするような年じゃないだろうに。本当にそんなことを? いや、「アレクシアなら……」という台詞は俺も何度も聞かされたが……あれが意地悪、か? いや、あんな風に言われたら気分はよくないが……
「嘘じゃありませんわ。私だって、一生懸命やっておりますのに……」
そういうとメイベルがしくしくと泣きだしてしまった。しまった! 彼女を悲しませたかったわけじゃないのに。そうだよな、こんなに可憐なメイベルが嘘をつくはずがないんだ。
「そうか、それは講師たちに一言言っておかねばならんな……」
「エリオット様! わかってくださったのですね!」
そう言って満面の笑みを浮かべた。ああ、可愛い……やっぱりメイベルには笑顔が似合う。だけど……
「……エリオット様? どうされました?」
うっ、上目遣いのメイベル、可愛すぎだろう。こんな可愛いメイベルを悲しませるわけにはいかない。いかないんだが……
「……彼らは母上が選んだ方々だ。下手に苦情を言えば母上の耳に届いて、メイベルの評価が落ちてしまうんだ……」
「そ、そんなぁ……酷いですわ……」
俺に縋りついて涙を浮かべるメイベル。ああ、泣かせたいわけじゃないんだ。だけど……残り三か月しかないのに危機感がなさすぎる……まだ王子妃教育は五分の一しか終わっていないのに。この調子では、間に合わなくなってしまう……そうなれば俺は……
「メイベル、辛いだろうがここは耐えて頑張ってくれ。そうしなければ俺は王族から追放されてしまう。もう三か月しかないんだ」
「……で、でも……」
「メイベル、俺を愛しているのだろう?」
「え? ええ、もちろんですわ」
「だったら、この試練も共に乗り越えよう。俺たちの愛と輝かしい未来のためだ。分かってくれるよな?」
「……え、ええ……わかり、ましたわ……」
力なく頷いたメイベルに、俺はため息を吐きたくなった。メイベルが受けている教育は俺が受けていたものとあまり差はないから見当がつく。まぁ、男女の違いや王族の俺と妃では内容は全然違うが、王族への教育ほど厳しくはない。それに淑女教育を終えていれば難なく出来る内容だと聞く。それが出来ていないとは、一体どうなっているのだろう……
そうは思うが、しおれた花のように元気のないメイベルを見ていると、そんな風に思う自分に罪悪感が湧く。そうだ、メイベルも頑張ってくれているのに、俺は何を考えているんだ……俺は胸に湧き上がる疑念を押し込めて、そっとメイベルの額に口づけを落とした。




