痴女と美女
会場に冴え冴えと響いた声が招待客の視線を集めた。私も声の主に視線を向けて……驚いたわ。だって、その方は……
「なっ! 失礼ね!」
周囲が目を瞠る中、相手が誰かわからなかったスザンナは、ラリー様にしがみ付いたまま声の主を睨み付けると声を荒げた。ラリー様は困ったような表情を浮かべていたけれど、現れた女性に呆然となった。でも仕方ないと思うわ、私ですら驚きを隠せなかったもの。
「失礼も何も、ヘーゼルダイン辺境伯はセネット侯爵家アレクシア嬢の婚約者。しかも今はその婚約披露のパーティーの最中。その様な場で、婚約者の前で婚約したばかりの者に抱き付き、ダンスに誘うなど恥知らずもいいところ。辺境伯の顔に泥を塗っている自覚はおあり?」
大柄で迫力あるスザンナの険しい表情に怯むことなく、その方は涼やかな声で正論を突きつけた。声は静かだけど冒し難い品と圧があるわ。
「な……そんな訳……!」
「そうかしら? この場にいるならあなたも貴族なのでしょう。だったらこれくらいのこと、知っていて当然でしょう。今時、平民ですら知っていることよ」
女性は声を荒げるでもなく淡々と話しているけれど、その声はよく響いて相手に有無を言わせない力があった。金色の髪と空色の瞳の美人だけど派手さはなく、楚々とした百合の花のよう。この場にいる誰よりも気品を感じさせた。それだけにスザンナは完全に呑まれている。格が違うから仕方がないのだけど……
「姉上、いらしていたのですか?」
「ええ、大事な弟の婚約披露ですもの。当然でしょう?」
そう、現れたその佳人は、ラリー様の実の姉上で、ナタリア=モーズリー公爵夫人だった。楚々とした嫋やかな美貌をお持ちだけれど、性格はかなり豪胆で気丈な方で、国王陛下ですら頭が上がらないと言われているわ。そして、あのお厳しい王妃様と大の親友でいらっしゃる。
「全く、ラリー。あなたは何をやっているの? 使用人くらいしっかり躾けておきなさい。セネット嬢に失礼ではありませんか」
「……面目ありません、姉上……」
「謝る相手が違うでしょう? 全く、戦も結構だけど、屋敷内を掌握しておくのも大事な仕事ですよ」
「ごもっともです」
「分かればよろしい」
ああ、ラリー様がしゅんとした子犬のようにしおれてしまわれたわ。だけど仕方ないわ。実際にスザンナがここまでのさばったのもラリー様が好きにさせていたせいだから。ナタリア様は鷹揚に頷かれると、再び視線はスザンナとレイズ子爵に移った。
「名を聞いておこうかしら?」
「は……! ヘーゼルダイン辺境伯様の騎士団の副団長を務めさせて頂いております、レイズ子爵ハワードと申します。こちらは娘のスザンナにございます」
「……スザンナ=ハウエルでございます」
ラリー様の姉上と知って二人はすっかり顔を青褪めさせ、素直に名を名乗ると最上級の礼をとった。スザンナに至っては今にも倒れてしまいそうなほどに顔色が悪いわ。
「ハウエル? どちらのご家門かしら?」
「ヘーゼルダインの分家の、男爵家です」
「そう。ハウエル家に嫁がれたと」
ナタリア様の眉が一層険しく動いたわ。スザンヌは夫がある身でラリー様に言い寄ったと受け止められたのね。
「……お、夫は、三年前に戦死しまして……」
「そう。それはご愁傷様でしたわね。それで、今も男爵家に? お子がいらっしゃるのかしら?」
「……わ、私は……三男に嫁ぎましたので……」
「そう?じゃ、この場への参加資格はないのではなくて?」
ナタリア様は容赦なかった。元より道理が通らないことを厭われるご気性だから、マナー違反にもお厳しいのよね。
「そっ、それは……でも、辺境伯内のパーティーでは、ラリー様はいつも……」
「領内のパーティーなら領主の許しがあれば問題ないでしょう。でも、今回は国王陛下の命により婚約した二人のお披露目です。資格ない者が参加するとはどういう事です?」
「……そ、れは……」
あんなに威勢のいいスザンナがしどろもどろだった。小柄だけどナタリア様の方が大きく見えるのは目の錯覚かしら。
「しかも参加者の前で主を愛称呼びとはどういう事です? 正式な婚約者がいる前で」
「……っ……!」
「弁えなさい」
決して大きくない声だったけれど、その声はまるで刃のようにスザンヌに襲い掛かったように見えた。さすが王族に生まれた方だわ。
「は……はい……失礼いたします」
さすがにスザンナもナタリア様には逆らえなかった。目に見えて怯えを浮かべ父親と共に退出していった。だけど仕方ないわ。不敬罪に問われても仕方ない態度なのだから。
「セネット嬢、甥ばかりか弟までもが失礼しましたわ」
「い、いえ、お気になさらずに。モーズリー公爵夫人、ご無沙汰しておりました」
「ふふっ、本当に久しぶりね、シア。私のことは昔のようにナタリアと呼んでちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
実を言うと以前からナタリア様とは親しくさせて頂いていた。ナタリア様は王都にいる時はよく王妃様を訪ねて来られたのだけど、その時に私も一緒にお茶に加えて頂くなどしてくださったから。それにしても、強くて自信に溢れて気品がおありになるわ。この方のように強くなれたらいいのに。




