婚約披露のドレス
それから数日は穏やかな日が過ぎた。ラリー様はお忙しそうだったので、私はギルおじ様とお茶をしたり、おじ様に頼んでこの辺境伯領についての勉強をしたりと、婚姻に向けての準備を進めていた。おじ様は昔と変わらず穏やかな口調で色んな事を教えてくださったわ。その時間は昔を思い出させる優しいもので、王都での嫌な記憶を塗り替えてくれた。
そんな中、珍しくラリー様がお茶に誘って下さった。今日はギルおじ様も一緒だ。たわいもない近況の話が終わったところで、ラリー様からある提案をされた。
「パーティー、ですか?」
突然の提案に思わず首を傾げた。婚約者としてのお披露目は必要だけど、まだ辺境領に来てからそれほど日が経っていないのに?
「そう。王命で結婚する事になったわけだが、婚約期間を置くのか、直ぐに婚姻を結ぶのか、その辺が分からなかったから、陛下に問い合わせしたんだ。昨日、陛下からの書状が届いて、さすがに直ぐには準備が間に合わないだろうから、先に婚約を公表して、準備が整い次第婚姻するようにとの仰せでね」
「それで……婚約披露のパーティーですか」
「そういうこと」
長い足を組んでティーカップを手にそう語るラリー様は、まるで一枚の絵のようだわ。エリオット様も顔は整っていたから黙っていればとても素敵に見えて、これほど美麗な殿方も滅多にいらっしゃらないと思っていたけれど……どこから比べてもラリー様の方が上だわ。
でも、私としてはやっぱりギルおじ様の方が好ましいのだけれど……だめだわ、こんな風に考えるなんてラリー様に失礼よね。
「異存はございませんが……それは何時頃に?」
「そうだな、ドレスの準備もあるし、早くても一月後が妥当かな。近隣の貴族も招待するし、あまり急では迷惑だろう」
「そうですわね」
「じゃ、一月後でいいかな?」
「はい。ですが……」
何時でも構わないのだけど……私は一つ気がかりなことがあるわ。
「ああ、ドレスなどに関しては気にしなくていい。私が準備しよう。そう思ってこの町一番のデザイナーを呼んでおいた」
「そ、それは……申し訳ございません」
普通なら婚姻するまでは花嫁の衣装は実家が持つのだけど……残念ながら実家は私を厄介者としか見ていないから、世間一般的な準備すらもやる気がないらしい。あれから無事辺境伯領に着いたと手紙を出したけれど、返事すらないし。もう私という娘はいなくなった、いえ、最初からいなかったと思っているのかもしれないわ。
「気にせんでいい、シア。シアはもうこのヘーゼルダイン家の一員じゃ。もっと我儘を言ってくれてもいいんじゃよ」
「そんな……今でも十分よくして頂いていますわ」
おじ様にそう言われて、目の奥がじんと熱くなった。おじ様はどうしてこうも私が欲しい言葉をくれるのかしら。諦めなきゃと思うのに……困ってしまう。
そんな思いに囚われていると、ラリー様がメイナードに目くばせをした。何かしらと思っていたら扉が開いて、何人かの女性が部屋に入って来た。一人は中年で恰幅のいい女性だけど、来ている服はセンスがよくて目は生き生きと輝いているわ。後ろに続く若い女性たちは使用人かしら? みんな見目がよくて凄くお洒落だわ。その一角だけが際立って華やいでいた。
「初めまして、デザイナーのヘイローズにございます」
美しい所作で挨拶をした彼女はヘーゼルダイン領に店を構えるデザイナーだと名乗った。挨拶した私に視線を向けた彼女の眼光が一瞬だけ鋭くなったように感じたけれど、何かしら……この感覚。どこかで感じたような……
そんな風に思っていた私は、身をもってその感覚を感じた時のことを思い出した。あれは王妃様が私のためにとドレスを作ろうと王家御用達の商会を呼んだ時だわ。あの時の商会のデザイナーと同じ目だと理解したのは、大量のドレスを並べられた時だった。
「お嬢様は色も白く、髪色も瞳も大変お珍しい色でいらっしゃいますのね。これは今までにない色使いのドレスが作れそうですわ!」
ヘイローズは興奮気味にドレスの色やデザインを語っていたけれど、私は半分も理解出来なかったわ。実家では自分でドレスを選ぶなんてことがなかったから流行にも疎かったし、そもそもあまり流行を追って着飾るのは好きじゃなかったから。
「辺境伯様のお色は金と青、お嬢様は青銀と紫。どう組み合わせるか、これは腕が鳴りますわ!」
「ははっ、よろしく頼むよ」
「ええ、お任せくださいませ」
ラリー様もあまり流行には詳しくないからと仰って、ヘイローズに任せてしまわれたわ。そしてヘイローズはもの凄くやる気になってしまったらしい。何だか嫌な予感がするわ……あまり派手なドレスは遠慮したいのだけど……
「数日中に原案を持ってまいりますわ!」
そういうとヘイローズは意気揚々と退室していった。
「あの、ラリー様……」
「何だい、シア?」
「あの、私には華美なものは似合いませんから。程々でお願いします」
そもそもヘーゼルダイン領は財政にあまり余裕がないと王子妃教育で学んだわ。なのに散財したら領民からの反感を買ってしまうかもしれない。ただでさえ王都ではいい噂がなかった私だから、この上に贅沢好きだなんて悪評を積み上げたくなかった。




