ラリー様の古傷
「それは……」
私の提案を聞いたラリー様は、さすがに驚かれたのか言葉を詰まらせていた。確かにこんな話、いきなり聞かされては驚いても仕方ないわよね。世間には公表されていなかったから。
ラリー様の後ろに控えるメイナードも、胡散臭いものをみるような視線を向けている。家令筆頭なのだからもっと表情を抑えられないかしら。これじゃ相手に余計なスキを与えてしまうのに。この屋敷の家令たちも教育し直す必要がありそうだ。
「それは本当なのか? 君が……治癒魔法を使えると?」
「ええ。そうでなければお話しませんでしょう?」
「それはそうだが……」
これは言葉だけでは伝わらないようね。陛下はご存じだったから王弟だったラリー様が知らないなんて意外だったけど、こうなれば実践するしかないわね。
「ラリー様は、今は傷などございませんか?」
「傷?」
「ええ。それを治せば信じて頂けますでしょう?」
「あ、ああ……」
結局は実際にやっていないと信じてはもらえないみたいね。いきなり治癒魔法が使えますと言ったところで信じる人など稀だとはおもうけれど。治癒魔法は珍しいし、そもそも私は聖女として認められていないのだから。
「そうだな……古傷でも?」
「あまり古いものや、深いものは完治が難しいですけれど……痛みなどを取り除くことはできると思います」
「そうか、それなら……」
ラリー様が示したのは右手の親指の根元にある古傷だった。何年か前に敵の剣を受けてしまったため、そこからは思うように動かなくなってしまい、今は剣を握るにも支障があるという。利き手だから執務や食事でも不便を感じているのだとか。年数が経っているし、動きが悪いなら傷も深かったのだろうけれど……今よりマシにすることは出来るはず。
ラリー様の親指の付け根に意識を集中させて、手をかざして治った状態をイメージする。ゆっくりと親指に力を流し込む。暫くするとすっと魔力の流れが切れた。これは完治した時に起きる現象だった。
「如何でしょう?」
「……う、ごく……」
ラリー様が半ば呆然としながらご自身の指を見つめていた。慎重に、でも動きを確かめるようにゆっくりと動かしている。
「大丈夫そうですね?」
「あ、ああ……不思議だ……ずっと痺れが残っていて、思うように動かせなかったのに……」
ラリー様はその後も驚きの表情を浮かべながらご自身の指を動かしていた。王弟だったラリー様が治癒魔法を受けたことがなかったのは意外だったけれど、この方は優秀だし、王族だったから前線に立つこともなく、怪我をする事もなかったのでしょうね。
ユーニスは知っていたから平然としているけれど、メイナードは驚きに目を見開いていた。でも、これが普通の反応よね。第一騎士団の四人も、モーガン殿もそうだったから。
「シア、疑ってすまなかった。だが……」
「いいえ、この力は陛下の命で公にされていませんでしたから」
「それは……」
言いかけた言葉の続きは出てこなかった。ラリー様も気づいたかしら。
「セネット家は聖女の家系。王家としては聖女の力を王家に取り込みたかったのでしょう。エリオット様との婚約も、その一環かと」
「……なるほど」
そう、セネット家で聖女の力と呼べるほどの力を持つ女児が生まれるのは稀なのよね。最近では祖母と私だけれど、祖母の力は私ほどではなかったという。その為、先王様の求婚を断れたのだ。祖母の力では王家にメリットは少なかったから。
でも、その後生まれた私は、聖女に匹敵するかそれ以上の力を持っていた。だから祖母の反対を押し切って私とエリオット様の婚約が成ったのだ。王家にとっては滅多にないチャンスだっただけに、何としてでも王族と婚姻させて王家に聖女の血を持つ子を得ようと願われたのでしょうね。
「エリオット様が私にラリー様に嫁げと言ったのを陛下たちが黙認したのも、相手がラリー様だったからだと思いますわ。他の貴族だったら反対されたと思います」
「……だろうな」
今の王族で私と結婚が可能なのはエリオット様とラリー様、そしてまだ十歳の第三王子殿下くらい。だけど第三王子は既に公爵家の令嬢との婚約が成立しているわ。王子の婚約は政略も絡んでくるから今から変更は難しい。だからこそ、陛下は黙認されたのでしょうね。婚約者もいなくて、それでいて後継を望まれている方でもあるから。
「それで……シアは何を望むのだ?」
ラリー様が真っすぐに私を見て尋ねた。ようやく私のお願いに話を進める事が出来る環境が整ったわ。




