侍女の上司の来襲
「アレクシア様、お話がございます」
侍女達に物申した翌日、朝食後に読書をしていた私の元に来客があった。事前に何も聞いていないけれど誰かしら。女性にしては長身で、服装は侍女たちのそれではなく騎士服だった。最近は騎士の女性進出が進んでいるから珍しくはないけれど、私に用事があるなんて意外だわ。
それに……この家の序列は辺境伯様が一番で、ギルおじ様は二番目、その次は辺境伯様の結婚相手の私になる。その私に対して事前の伺いも立てずにいきなり押しかけてきて話があるとはどういうことかしら。隣ではユーニスが仕事用の笑みを浮かべているけど、目は臨戦態勢だった。
「どなたかしら? 今日は来客の予定はなかった筈ですけれど?」
「失礼いたしました。私はスザンナ=ハウエルと申します。ラリー様の護衛と、侍女たちの采配を任されている者です」
さりげなく先触れもない訪問は無作法だとけん制してみたけれど、通じなかった。この方がスザンナなのね……この前、おじ様がラリー様の気になる方として名を上げていた……
彼女の事は既にビリーが情報を集めて来てくれていた。辺境伯の家令であるレイズ子爵の娘でハウエル男爵の三男と結婚したけれど、三年ほどで夫を戦闘で亡くしたという。今は二十八歳で、女性としては大柄で騎士としても有能らしい。一部ではラリー様の愛人との噂もあるけれど……なるほど、護衛だけでなく侍女の采配も任せていればそう思われても仕方ないわね。それにしても、妻となる私の前でラリー様と愛称で呼ぶなんて、随分挑戦的だわ。
「そう。セネット侯爵家のアレクシアです」
要件の見当は付くけれど、ここは様子をみることにした。どう話を持ってくるかによって、こちらも態度を変える必要があるかもしれない。
「昨日、我が辺境伯家を侮辱されたと侍女から聞きました」
「そう」
「アレクシア様が王都の侯爵家の出とは伺っております。でも、だからと言って我が主と領を侮辱するのはやめて頂きたい!」
なるほど、そういうことなのね。
「侮辱した覚えはないけれど……あの二人は何て言っているのかしら?」
「……っ! 二人は丁寧にお仕えしているのに、お茶の一つも入れられない田舎者だと言い、ラリー様に恥をかかせたと言っています」
「そう……おかしいわね。私はカップにお茶を零す様な侍女では、ラリー様がいずれ恥をかくと言ったのだけれど?」
「それに、身分を鼻にかけて横柄な物言いだったそうですね」
「身分を鼻にかけたつもりはないわ。乱暴にお茶を入れる侍女に、あなたは私の何かと尋ねはしたけれど」
どうやらこのスザンナも、私が言い返すとは思っていなかったらしい。まぁ、王都では私は地味で大人しいと言われていたし、昨日までは侍女の横柄な態度に何も言わなかったからそう思っても仕方ないけれど。スザンナは想定外の私の反論に、目を血走らせて怒りを必死で抑えようとしていた。あの侍女たちよりは我慢が出来るみたいね。
「彼女たちの態度は、そのままラリー様の評判に繋がるわ。あなたが侍女たちの采配をしていると言ったわね。どのような教育をしているのか、伺ってもいいかしら?」
「な……! 私はきちんと教育をしています」
「そう。では、私への無作法はわざとということね?」
「なっ……!」
そう告げると面白いくらいに表情を強張らせた。
「だってそうでしょう? 他ではきちんとしているのに、私にはお茶が零れるほどの乱暴な態度だなんてあり得ないもの。一介の侍女が一存で出来る事ではないから、誰かがそう指示しているという事になるわね」
暗にあなたのせいだと告げるとさすがにスザンナはそれ以上何も言わなかった。図星なのでしょうね。全く、ビリーから聞いてはいたけれど、思っていた以上の脳筋だった。
「それに、あの二人にも言ったけれど、私はいつ、あなたに名前を呼ぶ許可を出したのかしら?」
「そ、それは……」
「主の許可なく名前や愛称で呼んではいけないということは、平民の子供でも知っていることよ。こんな基本的なことも出来ていないなんて、ラリー様がご存じになったらさぞやがっかりされるでしょうね」
スザンナはもう何も言えず、顔を赤くしたまま申し訳ございませんと言って、逃げるように去っていった。頭に血が上ったらしいけれど、さすがに一線を超えないだけの忍耐力と頭はあったらしい。
彼女は私のことをラリー様に告げ口するかしら? でも、言えば自分の行いもラリー様の知るところになるから言えないと思うけれど。とりあえず今日は、弱みを一つ握ったから良しとするわ。これで少しは態度を改めてくれるといいのだけど。




