コミカライズ記念SS~嵐の前の……
コミカライズを記念してSSをアップします。
「やだぁ、エリオット様ったらぁ」
「ははっ、メイベルは可愛いな!」
王宮での王子妃教育と婚約者であるエリオット様の執務の一部を片付けて屋敷に帰った私の耳に届いたのは、実妹とエリオット様のはしゃぐ声だった。今日は王宮でエリオット様とのお茶会の予定だったけれど、いつまで経っても姿を見せなかったのはこういうことだったのねと合点がいった。まぁ、今に始まったことではないのだけど。
幼い頃に王命によって婚約した私たちだったけれど、その関係は既に修復が難しいほどに悪化していた。
悲しいかな、その原因の一端は実妹のメイベルだった。幼い頃に婚約した私たちだったけれど、エリオット様が興味を持ったのは表情に乏しく愛想のない私ではなく、いつも笑顔で甘え上手な妹だった。エリオット様は時々交流のために我が家を訪れたけれど、そんな時彼は必ずメイベルを呼び、私そっちのけで二人は過ごしていた。
それに気付いた王妃様の命令でエリオット様が我が家に来ることはなくなったけれど、最近また我が家を訪れるようになっていた。表向きは私との交流会と言っていたけれど、その時間帯は私が王宮で王子妃教育を受けているのがほとんどで、私が屋敷に着くと挨拶だけして帰る、ということが何度か繰り返されていた。今日もそのその予定だったのだろう。
「ご挨拶を、するべきかしら?」
後ろを歩くユーニスに尋ねた。こんな質問は意味がないのだけど、鬱屈した気分から少し現実逃避したかったのかもしれない。
「お嫌なら、無理にされる必要はありませんわ」
ユーニスは私のほしい言葉を繰れた。私の気持ちをわかってくれる彼女の存在がありがたくて心がふっと軽くなる。
だけど、行かなければ挨拶にも来ないと攻撃材料を作ることになるのよね。二人とも私が顔を出すのを望んでいないのに。嫌な気分を追い払うように深く息を吐いて彼らの元に向かった。
「遅いぞ! 俺が来ると先触れを出しておいただろう!」
私の顔を見るなりエリオット様が唾を飛ばす勢いで私を詰った。後ろに立つユーニスを見ると小さく首を横に振った。王家から私の連絡は全てユー二スを通すことになっている。
「先触れですか? 私が王子妃教育を受けるために家を出た時にはそのような知らせはいただいて……」
「そんな筈はない! どうだろ、メイベル?」
最後まで言い切る前にエリオット様が叫び、妹に話を振った。
「は、はい。お使者が来たのはお姉様がまだいらっしゃった時ですわ」
「そう? でも、ユーニスは何も聞いていないわよ。王家から私への連絡は全て彼女が窓口になっているわ。王妃様がそう定められたから」
「……え?」
え? って、何を言っているのよ、メイベルは。これまでも何度も私への連絡がちゃんと伝わっていないことがあったから、二年前からは王妃様の命令で私への連絡は王妃様からユーニスを通じて行うと通達があったのに。王家の使者がそう告げた時、あなたも一緒にいたわよ。
「それに、今日は王宮で王妃様とエリオット様と三人でお茶をする予定でしたが」
「…………は?」
大きく口と目を開いて固まったのはエリオット様だった。何を言っているのよ、前回も前々回もすっぽかしたから、王妃様もご一緒されると仰っていたのに……待てど暮らせど現れないエリオット様に王妃様は笑顔でお怒りになり、手にしていた扇が今にも折れそうだったわよ。
「な……は、母上、が……」
さっきまでの威勢はどこへやら、エリオット様が青褪めて震え始めた。そうよね、王妃様は厳しいお方で、最近はエリオット様には特に厳しくていらっしゃる。それは彼の素行がそうさせているのだけど……私は知らないわよ。
「おい! お前、どうして俺に言わなかった?」
「申し上げましたよ。こちらにいらっしゃる時も、王妃様とのお約束はどうされるのかとお尋ねしましたが?」
彼が問い詰めたのは彼の侍従だったけれど、彼は表情も変えずにそう告げた。エリオット様が益々顔を青褪めさせた。
「は、母上は……な、何か、言っていなかったか?」
侍従が当てにならないと悟った彼が媚びるような目線を向けてきたけれど、私は知らないわよ。彼の後ろに立つ侍従が顔を青くしている。彼は知っていたようね。
「いえ、何も」
「な、何も?」
「はい。何も仰っていませんでした」
それは本当よ。何も仰らずに笑顔を浮かべていらっしゃったわ。手にしていた扇が悲鳴を上げていたけれど。
「メ、メイベル。今日は帰る」
「ええっ? エリオット様?」
「そ、それじゃ、またな!!」
そう言うとエリオット様は脱兎のごとく馬車に向かい、あっという間に木々に隠れて見えなくなった。これから王妃様のお叱りがあるのでしょうね。でも、自業自得よ。今日は王妃様も同席されるってことは前から仰っていたのだから。
「ふふっ、可哀相なお姉様。エリオット様に避けられてばっかりで」
後ろからメイベルが勝ち誇った声をかけてきた。愛らしい顔が愉悦に歪んでいる。そんな彼女にユーニスの眉間に皺が刻まれる。迂闊な子ね、その発言も王妃様の耳に入るというのに。
「あらビリー、一緒にお茶にしましょう」
弾んだ声で声をかけたのは私たちから数歩離れた場所に立つ護衛のビリーだった。見目麗しい彼にメイベルは目を付けて、何かにつけて声をかけてくる。
「お断りします」
「まぁ、お姉様に気を遣う必要はないわ。何か言われても私が庇って……」
「左葉でごさいますか。でしたらまずは王妃様に許可をいただいて下さい」
「え?」
ビリーがメイベルの言葉を遮ったけれど、王妃様の名にメイベルの表情が固まった。
「私がアレクシア様をお守りしているのは王妃様のご命令です。どうしてもと仰るのであれば、王妃様に話を通してください」
「っ!」
王妃様の名にメイベルが怯む。この子は何度も王妃様から注意を受けているから苦手意識があるのよね。なのに凝りもしないでご命令を違えるように言うなんて。その発言もあなたがお気に入りのビリー本人から王妃様に伝わるというのに。
「お、お姉様の意地悪! お父様とお母様に言いつけてやるんだから!」
そう言うとメイベルはスカートが捲れるのも気にせずに走り去った。淑女教育以前の問題だわ。それに、王妃様の命令に従うのがどうして私のせいで意地悪になるのかしら。相変わらずあの子の思考回路は理解出来ないわ。
「アレクシア様……」
これから起きるであろう両親からの的外れな叱咤を予感してユーニスの声が曇った。確かに頭が痛くなるわ。どうして彼らは学習しないのかしら。
「ありがとう、ユーニス。ビリーも。大丈夫よ」
あの人たちに何を言われても、もう傷つくことはないわ。どうせ何を言ってきても、彼らは王妃様に、王家に逆らうことなんか出来ないのだから。私としてはエリオット様と結婚なんかしたくないから、メイベルとの交代は望むところだし、彼らが筋を通して白紙に持って行ってくれるのなら協力だってするのに。でも、そんなことはしないのよね。
そんな私の予想に反して、事態は思いがけない方向に向かい、私だけでなく両親とメイベル、エリオット様の人生が大きく変わっていくことになるのだけど……私がそれを知るのはもう少し後のこと。
呼んで下さってありがとうございます。
婚約破棄直前のアレクシアとエリオット、メイベルの一幕です。




