私だけの家族
「……」
「…………」
「……」
その日、暖炉の前のラグの上は異様な緊張感に包まれていた。この場にいるのは私とラリー様、お義父様にユーニス、ロバートとモリスン夫人だ。真ん中にいるのはアルバート―私とラリー様の子で、四ヶ月を過ぎた彼は今、横を向いて足をばたつかせ、顔を赤くしてうんうん唸っていた。ううん、もう怒って泣いているのかもしれない。けれど……
「あ……」
「お……!」
「で、出来た?」
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、アルバートはきょとんとした表情でうつぶせの状態から頭をあげて私たちを見ていた。自分に何が起きたのか、わかっていないみたいだけど……
「寝返りできたのね、アル!」
「凄いぞ、アル! よくやったな」
「早かったねぇ。ルイスはこの前出来たばっかりだったのに」
「おお、おお。よう頑張ったのう」
皆がそれぞれに声をかけると、アルはまだ暫くきょろきょろと周りを見ていたけれど、にっこりと笑みを浮かべた。なんとアルバートは四カ月で寝返りに成功したのだ。予定日を三日過ぎて生まれたアルは身体こそ小さかったけれど、よく動いて首も三月経たずに座ってしまった。
ちなみにユーニスの子で二月早く生まれたルイスも首の座りは早かったけれど、寝返り出来たのはつい最近だ。ルイスは身体が大きいからその分遅かったのだろうとモリスン夫人が言っていた。赤ちゃんも成長に違いがあって、私もユーニスも感心しない日がない毎日だ。
出産から四月が過ぎて、ヘーゼルダインはすっかり雪景色に覆われていた。後五日で新年を迎える今の次期は隣国との戦闘もなく、また雪のせいで他領との行き来も最低限だ。そんな我が家は子どもたちの成長に一喜一憂する日々を送っていた。
「アルバートは小さいながらに立派じゃのう」
「ええ、小さいながらも丈夫ですし、将来は立派な騎士になるでしょうね」
「それを言うならルイスもじゃな。ルイスはもうお座りが出来るのじゃろ?」
「ええ、最近はちょっとの時間なら一人でも座れるようになりましたわ」
ユーニスが言うように、ルイスも今はお座りの練習中だ。寝返りには興味がなかったのか出来るようになったのは最近だけど、出来るようになったらあっという間にコロンコロンと転がるようになって、今はラグの周りにはタオルなどを巻いてストッパーにしている。暖炉があるから危険なので、暖炉の前にもう一つ柵を作ったくらいだ。
「二人とも元気で先が楽しみじゃな」
お義父様は二人にすっかり夢中で、この冬は屋敷に滞在することになった。春になったら二人を連れてレイチェル様のお墓参りに行くのだと張り切っている。二人一緒に面倒を見た方が早いからと、ラリー様の部屋の隣の客間を子どもたちの部屋にしたところ、手が空くとラリー様やお義父様、ロバートもやってきて、この部屋はいつも賑やかだった。
「二人とも、じぃじが剣の指南を仕りますぞ」
そう言いながらお義父様がアルを抱っこすると、アルはお義父様のシャツのボタンをしきりに気にし始めた。ルイスはロバートの膝の上で、こちらは柔らかいタオルを噛んだり振り回したりしてご機嫌だ。
いずれはヘーゼルダインの当主とその部下になる二人だけど、今のところ差をつけることなく一緒に育てている。ラリー様もお義父様も支えになる友人の存在は大切だと言うし、その役目をルイスに期待しているのだ。性格が合うかもまだわからないけれど、そうなればいいなぁと思うし、私には幼馴染という存在がいなかったのでそんな関係に憧れもある。二人がずっと仲良く支え合ってくれたらと願わずにはいられない。
ヘーゼルダインの夜は早い。寝返りが出来たアルは、あの後も何度も寝返りをしようと頑張っていたけれど、頑張り過ぎたのか早々に寝てしまった。今日はユーニスと乳母が付き添ってくれているので夫婦の部屋に戻ると、ラリー様が書類を手にワインを飲んでいた。
「アルバートはもう寝たのかい?」
「ええ。ラリー様、まだお仕事ですか?」
「ん? ああ、報告書が届いたのがついさっきだったんだ。とにかく目だけは通しておかないとね」
今冬は雪が降っても気が抜けない年明けになりそうだった。隣国の王がいよいよ危なくなり、後継者争いが最終段階になっているからだ。八人いた王子の中で残っているのは三人。一人は王位に興味がないとかで早々に継承権を放棄し、実質二人の争いになっている。好戦的な正妃腹の王子と堅実的な側妃腹の王子の力関係は拮抗していると聞く。
「春までにははっきりするだろうけど、側妃腹の王子の即位を願いたいね」
「そうですね。戦争なんてやっていいことなんか一つもありませんから」
それに両国の関係が緊張すれば子供たちも危険にさらされる。子供が出来て嬉しいけれど、それ以上に不安や心配事も増えてしまった。お義父様の甥御のような悲劇を繰り返さないためにも、隣国との関係が穏やかなものであってほしいと切に願う。
「大丈夫だよ、シア。私が守ろう。シアも、子供たちも」
「ラリー様」
そんな私の不安を察してか、ラリー様が力強くそう断言した。その言葉にどれほど安心しているか、ラリー様はわかっているだろうか。その本質に不安を感じることもあるけれど、だからこそこの地にはラリー様が必要だと実感する。強くて大きくて決して諦めない、そんなラリー様だからこそ皆がついてきてくれるのだ。
側にいくと柔らかく抱きしめられた。大きな身体に包み込まれると、不安がゆるゆると消えていくのを感じた。ヘーゼルダインに来て一度目の冬は夫が、二度目の冬は子供が出来て、この二年余りで私の環境は大きく変わってしまった。
それは私が想像していたものとは随分違っていたけれど、ずっと欲しかった私だけの家族が出来てなんて幸せなのだろうと思う。メイベルのことがなくエリオット様と結婚していても、こんなに幸せだとは感じなかっただろうと思う。
「ラリー様……幸せです」
「そうか。だったらもっと幸せを感じて貰う様に精進するよ」
そう言うとラリー様の指が顎に添えられたので上を向くと、青い瞳が誰よりも温かく熱く私を見下ろしていて、そっと口づけが落ちてきた。
(お祖母様、私、幸せです……)
天から祖母が笑って見守ってくれている気がした。
【完】
最後まで読んで下さってありがとうございました。
ここで一旦完結とさせて頂きます。
この作品は初めて投降したもので、私にとってもとても思い入れの深い一作です。
完結まで丸二年余り、悩むことも多く更新が滞ることも多々ありましたが、最初に予定していた『両親に顧みられなかったアレクシアが本当の家族を手に入れる』ところまで何とかたどり着けることが出来ました。
書きたいことは凡そ書き切ったので、ここで一旦完結とさせて頂きます。
ここまで頑張れたのも応援して下さった皆様のお陰です。
心より感謝申し上げます。
最後までお付き合い下さった皆様、誤字脱字報告をして下さった皆様、本当にありがとうございました。




