親になる不安と戸惑い
妊娠がわかったその瞬間から、屋敷の皆の過保護が一層加速していった。特にラリー様は私に歩くのも危険だから自分が抱いて運ぶとか言い出して、私と周囲を大いに困惑させた。
「妊娠中過保護にし過ぎると、出産の時に苦労するのですよ!」
モリスン夫人たち出産経験者がそう言って止めてくれたけれど……
(ラリー様、それロバートが言われていた時、横で聞いていましたよね?)
ユーニスとロバートをお手本にしようと言っていたはずなのに、ラリー様の頭には残っていなかったらしい。先が思いやられると思ったのは多分、私だけじゃなかったと思う。
「……シア、食べられそうにない?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいよ。悪阻はそういうものだから」
最初は気持ち悪いと言っていたユーニスも最初だけで、その後の悪阻は軽かったのだけど、私は最初からダメだった。気持ち悪くて何も食べられないし、食べても吐いてしまうのだ。臭いもダメで、口に出来るのは水と数種類の果実と芋くらいだった。芋も種類や調理の仕方が変わるとダメで、大好きだったお茶やお菓子も全滅だった。
お陰でみんなの過保護が一層強くなったのだろうけど、今はそっと寝ていたかった。幸いなのはラリー様が無理に食べさせようとしなかったことだろうか。
でも、最初はこれがダメならこっちを……と鬱陶しいほどに勧められた。モリスン夫人とユーニスが諫めてくれたから大人しくなったけど、そうでなかったらと思うと想像しただけでうんざりした。心配してくれるのは嬉しいのだけど、こんな風に思ってしまうのは悪阻のせいだろうか……
(ここに、赤ちゃんがいるんだ……)
ベッドに横になりながら、私はそっとお腹に手を当てた。まだ薄っぺらいお腹からはここに赤ちゃんがいるような感じはなくて余計に戸惑ってしまう。悪阻がなかったらきっと気付かなかっただろう。
「アレクシア様、どうしました?」
ぼんやりお腹に手を当てていたら、ユーニスが声をかけてきた。私よりも早くに妊娠がわかったユーニスは悪阻がなくていつもと変わらない感じがする。それでも、以前よりもずっと表情が柔らかくなったように見えるのは、母親になったからだろうか。ユーニスのお腹もまだ変りはないけれど、来ているのは胸の下に切り替えのある妊婦用のゆったりしたドレスだ。ユーニスはまだ早いと言っていたけれど、ロバートやモリスン夫人がさっさと用意してしまった。ちなみに私も今着ているのは同じようなドレスで、みんな気が早すぎると思う。
「……うん、何だか赤ちゃんがいるって実感がなくて……」
妊娠したらきっと凄く嬉しいんだろうなと思っていたけれど、実際に自分がその立場になったら、喜びよりも戸惑いや不安の方が大きくてそのことに驚いた。素直に喜べない自分が酷く薄情な気がして、申し訳ない気分で落ち着かないのだ。周りの喜びようとの落差にも戸惑うし。
「あら、それは私も同じですわ」
「え? ユーニスも?」
「ええ。体調に変化がないのもあるでしょうね。お腹も大きくなっていませんし」
「そう」
確かにユーニスは悪阻が殆どないから、私以上に実感出来るものがなさそうだった。お腹が大きくなって来れば違ってくるのだろうけど。
「……ねぇ、ユーニス」
「はい? どうされました?」
「ユーニスは……不安じゃない?」
「不安って……出産がですか?」
「う、うん……」
あれから日が過ぎたけれど、やっぱり子どもを産むことへの不安は消えなかった。私がお母様のようになってしまうんじゃないかと思うと、悪い想像ばかりが浮かんで心配で眠れなくなってしまう。
「そうですわねぇ……物凄く痛いらしいので、乗り越えられるか心配ですわね。モリスン夫人は耐えられる痛みだから大丈夫だって言うけれど、腕を切断するくらい痛いと聞いたこともあるので……さすがにちょっと……」
ユーニスは今のところ痛みへの不安が殆どで、母親になることへの不安が口から出てくることはなかった。そのせいか自分がおかしいのではないかと余計に憂鬱になってしまった。
「それで、アレクシア様は何が心配なのです?」
「え?」
「いえ、痛いのが心配なのかと思ったのですけれど全く乗ってこないので。だったら別のことが気になるのでしょう?」
「……ぅ……」
さすがはユーニス、鋭い。でも、言わなくてもわかってくれることが今は泣きたいくらいに嬉しかった。どうしてこんなに気分が落ち込んでいるのかと思っていたけれど、その言葉に胸の中に陽がさしたように感じた。
「何をそんなに悩んでいらっしゃいますの?」
「……それが……」
どう言えば上手く伝わるのだろうと考えたけれど、言葉を発したら思っていたことが思った以上に出ていった。聞く側からしたら支離滅裂だったかもしれない。自分でも何を言っているのだろうと思ったくらいだから……
「そうですか……」
私の話を聞いたユーニスは、最後まで私の言葉を遮ることはせずにじっと聞いてくれた。そのことも私の気持ちを楽にしてくれた気がした。
「そうですわね、アレクシア様。でも、それってアレクシア様の環境では仕方がないことですわ」
「仕方が、ない?」
「ええ。だってあの下種に囲まれて育ったのですもの。アレクシア様が不安になるのは当然ですわ。私だってちゃんと母親になれるのか自信はありませんもの」
「ええっ? ユーニスが?」
それは思いがけないものだった。そりゃあ、ユーニスは父親との関係は最悪だったけれど、母親とは良好な関係を築けていると思っていたから。
「正直、お母様は全く当てになりませんでしたわ。いつも父親の顔色を窺うばかりで。だから私、ずっとお母様のことも嫌いだったんです」
「そ、そう……」
確かにトイ夫人はいつも伯爵の機嫌を損なわないよう、おどおどしている印象が強かった。きっと自分を守るのに精いっぱいで、ユーニスの盾になることはなかったのだろう。
「だからあんな子どもも守れない母親になんか絶対になりたくないとは思っていますけれど、じゃあどうすればいいのか、全くわかりませんわ」
「そ、そうよね。私も……そうだわ」
「ええ、ですから私、自分がして欲しかったことをしようと思うんです」




