無作法な侍女
辺境伯―ラリー様との話合いは私が想像していた以上にいい方向へと進んだ。一番はギルおじ様の存在が大きかったけれど、おじ様がいらっしゃるならここでの暮らしは悪いものにはならないように思えるわ。
残念なのは、おじ様がこの屋敷ではなく少し離れた別邸でお暮らしだということだった。別邸までは馬車で一時間はかかるというので、さすがに頻繁にお伺いするのは難しそう。私はラリー様との結婚を命じられているから、いくら義理の父親とはいえおじ様のところに頻繁に出入りするのもよくないわよね。私の王都での評判を考えるとまた変な噂をたてられる可能性もあるから。それはおじ様にご迷惑をかけてしまう。そんなことは絶対に避けたかった。
おじ様のお陰で、辺境伯様や使用人の一部の雰囲気は少し柔らかくなったけれど、全ての人がその場に居合わせたわけではなかった。その後も私への風当たりは決して優しいものではなかった。
特に悩ましいのは辺境伯が付けてくれた侍女二人だった。表面上は好意的に見えるけれど、実のところ私への態度は雑で敵意が見え隠れしていた。幸いユーニスがいてくれるから直接の被害はないけれど、彼女たちは彼女の存在も気に入らないようだった。
「アレクシア様、お茶をお持ちしました」
ガシャンと食器の音を立ててテーブルにティーカップを置いたのは私の専属侍女のヒラリーだった。近くではユーニスがその綺麗な眉をピクリとさせている。王妃様付の侍女をしていた彼女からするとヒラリーの不作法さが気になったのでしょうね。やれやれ、こうもあからさまだとつまらないわね……
「ヒラリー」
「は、はい?」
「どうかしたの? 何を怒っているのかしら?」
ユーニスの眉が少なくとも五度は動いたところで、私はヒラリーに尋ねた。毎回この様に乱暴な置き方ではいずれカップが割れてしまいそう。
「え……」
まさか私が指摘するとは思わなかったのだろう。これまでも何も言わなかったせいか、段々音が大きくなっていた。それを彼女たちは私が大人しいから何も言えないのだと思っているのよね。それはビリーが彼女たちの会話を聞いているから確認済みなのよ。
「い、いえ、その様な事はございません。いつもこんな感じでございます」
「そう? でもそんなに乱暴に置いては中身がこぼれてしまうわ」
「そんな事は……」
「さっきのお茶の時は、中身が受け皿に零れていたわよ?」
「……そ、それは……」
そこまで見られているとは思わなかったみたいね。ヒラリーはさすがに応える事が出来ずに言葉を詰まらせた。残念ながら悔しさと怒りが顔に現れている。これでは侍女失格だわ。
「アレクシア様! 私達はお嬢様と違って暇じゃないです。少しは大目に見てください」
横から口を出したのはローラだった。こちらも忌々しそうな表情を隠そうともしない。主人に対しての態度ではないわよ。隣のユーニスの目が怖い……彼女たちがこうも強気の態度に出るということは、裏にそれを擁護する誰かがいるのでしょうね。
「大目に? どうして? 何故私が大目に見てあげる必要があるの?」
「え?」
全く思いもよらなかった……と言わんばかりにローラが目を見開いて私を見た。
「私は、あなたにとっての何かしら?」
「あ、アレクシア様は……私の……主……です……」
「そう、よかった。私の認識が間違っているのかと思っていたわ」
「……っ!」
敢えて朗らかに答えると彼女が一層表情を歪めた。
「それで、ここでは主に対して、そんなお茶の入れ方をするのかしら?」
「な……!」
「どうなの?」
「そ、そんなことないでしょう! あったり前じゃない!」
あらまぁ……随分と我慢が利かないみたいね。これは躾し直す必要がありそうだわ。
「そう。じゃあ、どうして私には乱暴なの? 私はあなたの主で、辺境伯様とは国王陛下より結婚を命じられている身よ。それとも、もしかして私が知らないだけであなたは私よりも身分が上なのかしら?」
「……っ!」
さすがにここまで言われると、何も言い返せないらしい。全く、喧嘩を売るなら勝つ算段をしてからするものでしょうに。
「お言葉ですがアレクシア様。その言い方はあんまりです!」
「あんまり? あなた方の態度の方があんまりだと思うけれど? まぁいいわ。あなた方のことはラリー様にお話しますから」
「……なっ……!」
「そんな!」
「当然でしょう? お茶もろくに入れられない侍女では、いずれお客様にも粗相をしてラリー様に恥をかかせてしまいますもの。主人の顔に泥を塗る侍女を必要とする主がいるかしら?」
そう私がにっこり笑って告げると彼女たちは顔を青くした。
「それからもう一つ。私が何時あなた方に名を呼ぶ許可を与えたのかしら? そんな覚えはないのだけれど?」
敢えて居丈高にそう告げると彼女たちは顔色を失くして呆然としていた。さて、これで彼女たちをそそのかしているネズミが出て来てくれるかしら? ユーニスと目が合うと彼女が軽く頷いた。




