新しい年を迎えて
ユーニスの妊娠が判明してか二月ほど後、新しい年を迎えた。ヘーゼルダインは既に雪で一面を白く染めて、本格的な冬を迎えていた。今年は初雪が去年よりも遅かったけれど、降り出してしまえばあっという間に閉ざされてしまった。
ユーニスのお腹の子は順調に育っていた。悪阻も軽いらしくて本人は侍女の仕事をしたがるので、私たちは全力でそれを止めていた。まだ安定期とは言い難いし、ここは冬の寒さが厳しいのだ。ユーニスは「妊娠は病気じゃない」と言って抵抗したけれど、「何かあっても寝ているしか出来ないんです。病気の方がずっと楽なんですよ」とモリスン夫人に懇々と諫められていた。それからは大人しくなったけれど、周期的に動こうとして止められている。
出産は新居でとユーニスは言っていたけれど、このまま屋敷で出産を迎えることになった。その方が安心だし、ロバートも中々新居に帰れないので屋敷にいた方が顔を合わせやすいというのもある。
それにモリスン夫人が私の出産の予行練習にしたいと主張したのも決定打になった。この屋敷ではもう二十年以上子が産まれていない。当時勤めていた侍女たちは引退して勝手がわからないから、ユーニスの出産で経験しておきたいと言ったのだ。これにはラリー様やお義父様も賛成した。
(私の、出産……)
自分が子供を産む未来がちっとも想像出来ないのだけれど、それでも身近で見ていたら安心だろうと思うし、実感も湧くかもしれない。そういう意味でもユーニスの里帰り出産はいい機会だと思えた。
その私だけど、今のところ妊娠しそうな気配は全くなかった。ラリー様に構い倒されているせいじゃないかとユーニスもモリスン夫人は言っているけれど、私の身体が小さいのもあるかなとも思う。実家では十分に食べられなくて痩せていたし、そう言えば月の物が安定したのはヘーゼルダインに来てからだ。そういう意味では王都での生活は過酷だったのだなと思う。今はそれを補う勢いで過保護にされているのだけど。
「シア? どうした?」
「え?」
新年の一連の行事が終わり、冬の休暇に入った日の晩、ラリー様と暖炉の前で寛いでいると、急にそう尋ねられた。何のことかと思って背中を預ける存在を見上げると、夏色の瞳が心配そうに私を見下ろしていた。
「どうって……どうもしませんけど?」
どういう意味かと思ってわが身を振り返ったけれど、どうしたと聞かれるような何かは思い浮かばなかった。ラリー様の体温がぽかぽかと温かくて何だか眠いけど。
「そう? ここ二、三日、何だか眠そうだよ? 疲れた?」
「そう、でしょうか? 確かに眠いなぁとは思いますけど、それは暖かいからじゃ……」
外は吹雪いているけれど、この部屋は暖炉が赤々としているし、その前に敷いた毛皮のラグや毛布やクッションで暖かい。極めつけはラリー様だ。膝に乗せられて後ろから抱き込まれたら暑いくらいだから。まぁ、一昨日までは新年の行事でバタバタしていたけど、その前の準備期間に比べたらずっと楽だったし。
「そう? でも無理はしないで。今日はもう休もうか」
「え? まだ寝る時間じゃ……」
「でもシアは去年も熱を出しただろう?」
「あ、あれは……」
「シアは直ぐに無理をするから」
あの時はメアリー様たちの反乱や隣国に嫁ぐ話も出て心身共に大変な時期で、そこに季節の変わり目での朝晩の冷え込みがあったからだ。今年は悩みもないし、ユーニスの妊娠という慶事もあって、雲泥の差なのだけど。
眠い時にはしっかり寝るべきだとラリー様が珍しく真っ当なことを言い出して、その日はさっさとベッドに連れていかれた。勿論ただ寝るためだけに。明日は赤い雪が降るかもしれない……と思ったのは内緒にしておいた。
早めに寝たから翌朝はすっきり目覚めて……とはならなかった。何故か眠い。物凄く……特に用事もないから寝ていたいなぁと思ったけれど、そうすると具合が悪いんじゃないかと皆が過剰に心配するからいつも通りに起きた。まだ身体が起きないせいか、食欲もあんまりなかったけど、食べないとまた皆が心配するから頑張って食べた。食べたけど、最後の果物は食べる気になれなかった。何だか視線を感じるけど、それは気付かないふりをした。
「アレクシア様、少々よろしいですか?」
食事の後、寝室の暖炉の前でラリー様と寛いでいるとモリスン夫人がやってきた。何事かと思ったらその後ろに医者の姿があった。
「ああ、雪の中すまないね」
「いえいえ、奥様のお身体のことであれば一大事でごさいますから」
どうやらラリー様が手配していたらしい。いつの間に……どこも悪くないと言ったけれど、「シアは自分を癒すことが出来ないんだから」と言われてしまった。
「おめでとうございます。ご懐妊でいらっしゃいます」
「そうか」
「……へ?」
この状況に既視感があるのは気のせいだろうか。あれだけ寝たのにまだ眠くて、頭もぼ~っとしていたせいか変な言葉が出てしまった。ラリー様が納得しているけれど、えっと?
「旦那様、奥様、おめでとうございます!」
「まぁ、ようやくお世継ぎが!」
「昨年は結婚、今年は出産と慶事続きですわね!」
周りの皆がはしゃいでいるけれど、私は夢の中にいるような気分だった。実感が湧かない……
「ああ、シア! 嬉しいよ! 私たちの子だ!」
ラリー様が嬉しさを満面の笑みで表しながら私の肩に手を置いた。こんなに子供のようにはしゃいでいるラリー様を見るのは初めてかもしれない。
「え、っと……子ども?」
一方の私は急激に戸惑いの感情がせり上がってきて、茫然とラリー様を見上げていた。全く実感が湧いてこない。
「ああ、そうだよ。男の子かな、女の子かな。私はシアに似た女の子がいいけれど」
「まぁ、旦那様ったらお気が早い」
「どちらに似ても愛らしくて賢いお子になられるでしょうね」
「そうだね、シアの子ならどちらもきっと可愛いだろう」
みんなの表情が喜び一色になる中、私の心には名前の付けようもない感情がもつれ合っていた。




