ユーニスの婚礼準備
ユーニスの結婚式の準備は順調に進み、式まで残すところ半月に迫っていた。
「さぁ、みんな、準備はよろしいわね?」
「勿論です!」
「抜かりありませんわ!」
「え? な、何事ですの?」
「ああ、ユーニス様は何もなさらなくても結構ですわ。全て私共お任せください!」
「ちょ…モリスン夫人?」
「まずはこちらへ」
「ええっ? ちょ…待っ…えええっ? ア、アレクシア様?」
「ユーニス、いってらっしゃい」
どこかで聞いたことがある会話だなぁと思いながら、私は侍女たちに連れていかれるユーニスに手を振って見送った。今日からユーニスも結婚前準備としてエステのフルコースが始まったのだ。
ユーニスはラリー様の義理とは言え妹になったにも関わらず、相変わらず私の侍女としての立場を崩さなかった。ヘーゼルダイン辺境伯家の令嬢になったのだからとモリスン夫人たちが言ったのだけど、それは形式上のことで自分は何れロバートのテイラー子爵家に嫁ぐのだからと突っぱねたのだ。
それを侍女たちは歯痒く思っていた、らしい。なんせユーニスは美人で背もスタイルもいい。マナーも完璧だから、着飾れば王女殿下にだって引けは取らないだろう。そんな逸材をこのまま見過ごす者かと侍女たちの気合が凄いことになっていた。
「や、やり過ぎですわ……」
その後、湯あみに全身マッサージと続き、つるつるのピカピカになって戻ってきたユーニスは、今はソファでぐったりしていた。武の心得もあり、普段は毅然としている彼女には珍しい光景だ。
「ア、アレクシア様、みんなを止めてください」
「それは無理よ」
「そ、そんな即答で……」
「でも、何の準備もなしで初夜を迎えるの?」
「な……!」
そう言うとユーニスにしては珍しく顔を赤くしたけれど……ラリー様との結婚式の前に私にそう言ったのはユーニスだ。
「ア、アレクシア様……」
「私にそう言ったのはユーニスでしょ? え? もしかしてそんな準備がいらないって事は……」
「そっ! そんなわけありませんわ!」
「そうなの? よかった。じゃ、式まで頑張ってね。ユーニスはロバートを待たせる気はないんでしょ?」
「……っ!」
ユーニスが益々顔を赤くして固まってしまった。私の時にはあんなにあからさまに色々言っていたのに、ユーニスって思った以上に初心だったみたい。昔の私を見ているようで微笑ましくすら見える。こんな表情、ロバートが知ったら益々惚れこんじゃいそうだ。ううん、今でも何だかんだ言ってロバートはユーニスに勝てないみたいだけど。
その翌日には、ユーニスのウエディングドレスが出来上がったとヘイローズがやってきた。
「うわぁ、綺麗!!」
「まぁ……なんて素敵……」
「ユーニス様の雰囲気にぴったりですわ……」
モリスン夫人や侍女たちがため息を付きながらドレスに魅入っていたけれど、確かにそのドレスはとても素晴らしい出来だった。襟元は首までレースが施され、袖は指の方に向かって緩やかに広がって、スカートも僅かな広がりはあるがストンとしているのはヘーゼルダインの婚礼衣装の定番だ。白を基調に随所にヘーゼルダインの色の緑が刺繍やビーズなどであしらわれていた。私は緑色が基調だったけれど、ユーニスのは白の方が多かった。
早速試着になったけれど、ユーニスが着るとそのドレスは一層輝きを増したように見えた。
「まぁ、なんてお似合いなのでしょう……」
「ええ、背の高いユーニス様にしか着こなせませんわね」
「本当に……よく似合っているわ、ユーニス……」
もう有体の言葉しか出てこないけれど、仕方がないと思う。ウエディングドレスを纏ったユーニスは女神かと思うほどに綺麗なのだもの。こんな姿で王都の夜会に出たら大変なことになっていたわね。王都にいた時、ユーニスはパートナーのロバートが男爵家の出だからと夜会を悉く断っていたけれど、それは正解だったかもしれない。こんなユーニスをどこかの高位貴族が見初めたら面倒なことになっていただろうから。
「あ、ありがとうございます」
ユーニスは表情を隠してツンとそう言ったけれど、それが彼女の照れ隠しなのは誰の目にも明らかだった。耳が赤くなるのまではコントロール出来なかったみたい。
「ふふ、こんなユーニスを見たらロバートは益々惚れこんじゃうわね」
「ええ、ええ。きっとそうですわ」
「当日お二人が並んだ姿が楽しみですわ」
「全くですわ! 美男美女で目の保養になること間違いなしですわ!」
何度見てもため息が出そうなほどに綺麗だった。こうしてユーニスが結婚することがとても嬉しかった。ここに来た頃のユーニスは、結婚なんてしないと頑なに言っていたからだ。
それは実父のトイ伯爵への反発もあっただろう。高位貴族に見初められて援助を……と伯爵は考えていたらしいから。それを突っぱねて喧嘩別れしたけれど、ユーニスが既に行き遅れの年を優に超えても伯爵はまだその計画を捨てきれずにいた。
そのトイ伯爵は先日、とうとう資金繰りがどうにもならなくなって爵位を返上したとの知らせがあった。伯爵はユーニスを裕福な貴族に嫁がせて援助を期待していたし、伯爵に援助していた商人や貴族もそれを当てにしていたが、ユーニスが伯爵家の籍を抜けてヘーゼルダインの分家に嫁ぐと知れると、一斉に見放したのだ。
元々伯爵としての地位を笠に驕慢にふるまっていただけに、手を差し伸べてくれる人はいなかった。夫人も愛想を尽かして離婚し、実妹の元に身を寄せているという。ユーニスは母親との関係は悪くなかったため、新しい生活の準備金にと少なくない額を送っていた。
伯爵家は王家預かりとなり、伯爵は平民になった。今は王家に雇われて一文官として伯爵領の運営を手伝いながら細々と暮らしているという。一応当主として領地のことは理解しているし、今更他所で働くことも出来そうになかったから、温情でそうなったのだ。元より文官として勤めることも社交も出来ない人だったし、親戚とはその性格から疎遠にされていた。身分を失って生きていける術もない彼には、他の選択肢などなかったのだ。
「あの男に相応しい末路でしたわ」
ユーニスはそう言って笑ったけれど、それだけが本心でないことは私にもわかる。両親と妹が断罪された時に感じた思いは、複雑で理不尽で、とても言葉に出来そうになかったからだ。




