思いがけない便り
約三か月半ぶりにヘーゼルダインに帰ってきた。既に季節は初夏へと変わり、出発した頃はまだ雪が残っていたヘーゼルダインも今は青々とした緑あふれる季節へと変わっていた。
「やっと家に帰って来たって気がします」
「前にもそう言ってくれたね。嬉しいよ」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ」
記憶にはないけれど、ラリー様が言うのならそうなのだろう。十七年過ごした王都よりもまだ三年に満たないヘーゼルダインの方が落ち着くなんて不思議な感じだ。それだけここでの日々が充実しているのだろう。
ヘーゼルダインに戻って最初の大仕事はユーニスの結婚式だ。ユーニスは既にトイ伯爵家からヘーゼルダイン辺境伯家の養女になっているし、ロバートもテイラー子爵家の養子に入り、婚約も成立している。陛下も王妃様もこの結婚には賛成で何の障害もない。ユーニスも今年で二十五になるから早い方がいいだろうと、戻ってから三か月で式を行うことになった。
既にロバートがあれこれ手を尽くして準備を進めていて、一月もあれば出来そうな勢いだ。それでもドレスを作るには時間がかかるから、じゃ秋のまだ暖かい時期に、となったのだ。
今はヘーゼルダインの令嬢のユーニスの準備は、モリスン夫人らが中心になってやることになった。私も手伝う気満々だけど、侍女たちのやる気が凄いことになっていて、さすがのユーニスもたじたじになっていた。みんな、普段着飾らないユーニスを物足りなく思っていたから尚更だ。
ドレスは勿論ヘイローズにお願いした。彼女も前々から美人のユーニスのドレスを作りたがっていたので、ウエディングドレスと聞いて気合が入っていた。ついでに普段使いのドレスも頼むことにした。元々既婚者用のドレスは実家が用意するものだし、これから二人はヘーゼルダインの筆頭分家になるだけに、相応の品が必要なのだ。
ヘーゼルダインに戻って、もう一つ思いがけないことがあった。レアード王子-ロイから手紙が届いていたのだ。
「ああ、忘れておったんじゃが……」
「義父上、これは?」
帰領してようやく落ち着いた頃、庭でラリー様やお義父様とお茶を頂いていると、お義父様が一通の手紙を取り出した。
「ラリーたちが戻る半月前に届いたんじゃ。レアード王子からじゃ」
お義父様の言葉に、思わずラリー様と顔を見合わせてしまった。まさか彼から手紙が送られてくるなんて……と思って思い出した。そう言えば彼はラリー様に他国の情報を送ってくる約束をしていたんだった。
「ラドンでこちらに向かう商団に託けたらしいな」
「ラドンですか」
ロイたちはラドン国を経由してアンザス国を目指していた。ラドンを経由すればアンザス国までは早くても三月は掛かるけれど、ラドンまでなら一月ほどだ。きっとそこで手紙を出したのだろう。
確かに手紙には、ラドンに滞在しているとあった。ローズも元気にしていて、商団の子どもたちと仲良く過ごしているとも。ここからアンザスに向かうことと、これまでのお礼が綴られていた。他にもラドンの情勢などを記録したものも届いているという。
「無事に着くといいですね」
「ああ、そうだね」
手紙を送っても他国からとなると届かないのが普通だ。途中で紛失したり託けた相手が亡くなったりすることも珍しくないから。こうして届いたのはかなりの幸運だと思う。
「私は何れヘーゼルダインを交易の中継地として栄えさせたいんだ。そうすれば隣国も容易に戦争を仕掛けられないからね」
「そうじゃな。自分たちも損をするとわかれば手を出したりはせん」
「交易で稼いだ方がずっと得ですものね」
実際、そうして栄えている街はあるし、ヘーゼルダインは隣国以外にも通じる街道がある。街道を整備して治安をよくすれば人の往来は増えて物も集まる筈で、そうなれば夢物語ではないと思う。戦争をなくすには戦争をしたくない環境を作り出すのが一番だから。
「そうなったら、ロイとローズにまた会えるかもしれませんね」
アンザスは遠すぎて、その願いは多分叶うことはないだろうけど。ここは今は貧しくて何もない土地だけど、いつかその夢が叶えられたらと思う。王都だって建国時は田舎の一都市だったのだから。
「そうそう、まだ確証は得られていないが、隣国の王が危篤に陥ったとの噂が流れておる」
「あの愚王が?」
ラリー様の表情が僅かに険しくなった。無関係ではいられない話に緊張感が増した。
「うむ。あちらに送った者が、昨夜戻って来たんじゃ。王都でその様な噂が流れておると。お陰で王子の間で継承権争いが過熱しているようじゃな」
「それはまた、厄介な話ですな」
「うむ。次代の王が同じ人種でなければいいのじゃが……」
お義父様が仰るように、現王のような暴君が続くのは勘弁してほしい。国内の不満を逸らすために戦争を仕掛けてくる可能性もあるからだ。ここ数年はラリー様のお陰で落ち着いていたとはいえ、それも現王が自分の健康状態に気を取られて政治が疎かになっていたからでもある。いい加減内政に目を向けて欲しいのだけど……
「国境を超えるというなら追い返すまでですよ。幸い王都では国境の守りについての計画も進められました」
「ほう。では?」
「はい。これまで南方に駐留していた国境騎士団をこちらに……」
「ああ、南は友好条約を結んでおったな」
「ええ。それで手の空いた騎士団を我が領に迎えることが出来ました」
それはお義父様の代から王都に請願していたものの一つだった。我が国には三つの国境騎士団があるけれど、今までは南と西、南東にある三つの国に備えていた。そちらが優先されていたのは王都が南寄りにあるせいだ。
でも昨年、ようやく南方の国と関係改善が進み、騎士団が駐留する必要がなくなった。それをヘーゼルダインにとラリー様が陛下にお願いしていたのだ。
ヘーゼルダインにも騎士団はあるけれど、我が領は赤字続きで隣国への抑止力としては不十分だ。国境騎士団は国防に特化した部隊だから、常駐してくれればかなりの助けになる。
「義父上、指揮官はラドフォードですよ」
「おお、そうか。彼は気持ちのいい奴じゃったからな。それは楽しみじゃ」
「くれぐれも飲み過ぎないで下さいよ」
「わかっておる」
お義父様が苦い笑みを浮かべたけれど、どうやら国境騎士団の隊長はラリー様たちと顔見知りで相当なお酒好きらしい。お義父様もお酒好きだけど、最近は医師に控えるように言われているのよね。でも、親しい方が来てくれるなら一層安心だ。気が合わなかったりすると折り合いが悪く、それはそれで頭痛の種になってしまうから。




