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夜会の翌々日、王家から各貴族に対して通知が出された。夜会で陛下が仰っていたセネットの聖女の存続に関するもので、そこにはセネットの聖女に関しての公表出来る内容の殆どと、半年後に改めてセネットの聖女―つまり我が国の聖女制度存続の是非を問うとあった。
「陛下は廃止をお考えなのかしら?」
私はタウンハウスの居間で、ラリー様とお茶を頂きながらその文書に目を通した。陛下の真意が見えずに困惑してしまう。セネットの聖女の廃止はつまり、建国以来の恩恵を捨てることにもなる。我が国の聖女制度は他国にはないもので、それが他国よりも優位な立場を得るのに働いているのは否めない。例えばパトリシア様と隣国の王子との婚礼は、微弱なものでも彼の王家に多大な恩を売るのに大きく貢献していた。
「陛下はそうはならないとお考えだろうけどね」
「そうでしょうか」
今回の騒ぎの原因はセネット家の凋落というか、不祥事が大きく関係している。両親と妹の起こした事件でセネット家の名は大いに傷ついたし、私自身も家族に侮られていたからそんな空気が貴族の間に出来上がってしまったのだ。私に原因がないとは言い切れない。そしてまた同じ問題を起こす可能性もある。
「シアとリドリー侯爵令嬢の力の差がはっきりしたし、影武者を立てて虚偽の大聖女を作り上げていた事もわかってきた。まだ取り調べは続くだろうけど、兄上は神殿の膿を徹底的に出すおつもりだ。王太子殿下もさすがに今回の暴挙にはご立腹だしね」
「そうですか」
何だか都合よく話が進んでしまった気がする。ふと、何かが引っかかる感じがした。その元凶に視線を向けると何食わぬ顔でお茶を飲んでいた。涼しげな表情が何となく気になる。
「ラリー様」
「なんだい、シア?」
「もしかして、計画通り、だったんですか?」
あの二人が騒ぎ出してもラリー様は平然としていた。そりゃあ王族だし、元総騎士団長で隣国との戦闘も何度も経験しているし、何があっても顔に出さないのはお手の物だろうけど……
「さすがに、そこまで私は万能じゃないよ」
そう言って笑ったけれど、信用出来そうになかった。むしろ益々疑惑が確信に近づいた気がする。セネットの聖女のことも騎士のことも、事前に陛下と口裏を合わせないと話せなかったと思うし。何よりもバイアット侯爵と近衛騎士の動きが早かった。医師が直ぐに出て来たことも、怪我人が会場の外で控えていたこともだ。絶対に事前に準備していたはずだけど……この様子ではきっと問い詰めても話してくれないだろう。
「そう言えば、エリンは? もう熱は下がったのか?」
「え? ええ、はい。今朝は熱が下がっていたと……」
話をはぐらかされた気もするけれど、あれからエリンさんはジョージアナ様の部屋のクローゼットから発見された。手足を縛られて猿ぐつわを噛まされていた彼女は、あのマリーという少女が言うように全身に痣があり、激しい暴行を加えられた形跡があった。直ぐに治療したけれど、すっかり痩せて衰弱が激しく、昨日まで熱が続いていたのだ。クレアが泣きながら看病していたけれど、無事に見つかって本当によかったと思う。幸い怪我だけで済んだのもよかった。
「それはラリー様もです。本当に大丈夫なんですか?」
刺客に襲われた上、パトリシア様にも刺されたのだ。直ぐに私の力で傷は癒えたとしても失った血は取り戻せないし、身体への負担がなくなるわけではない。本当は休んでいて欲しいのだけど、ヘーゼルダインに発つまでに時間がないからと言ってちっとも休んでくれない。
「そう言えば、パトリシア様は?」
「ああ。彼女か……どうやら正気を失っているようでね。取り調べも出来ないらしいんだ」
私を刺そうとしてラリー様を刺してしまったパトリシア様は、あれから人の言葉も理解出来なくなっているという。何かを呟いているのだけど意味のある言葉には聞こえず、話しかけても反応しないという。時々狂ったように笑いだすので騎士たちも困惑しているのだとか。
「シアの力は……心には……」
「多分、無理でしょうね」
聖女の力はそんな都合のいいものではない。怪我は治せても病気には効果が薄いし老化も止められない。心に関してもヘーゼルダインで試したけれど、残念ながら期待できる効果は得られなかった。むしろそんなことまで出来たら怖すぎる。
「セービン大司教とリドリー侯爵令嬢は相変わらず黙秘したままだし」
「そうですか」
でも、それは予想出来たことだった。プライドが高く野心家な二人だ。罪を認めれば破滅しかないのはわかっているだろうし、些細な発言も言質を取られかねない。そうなれば黙秘するしかないだろう。
もっとも、不正の証拠が次々と上がってきているので、行きつく先は同じだろうけど。これまでジョージアナ様の影武者をしていた聖女たちも一斉に告発し始めた。彼女らは修行中にエリンさんに助けられ、何かと庇われていたため、強い恩を感じているのだ。
また寄付という名の金銭強要は貴族に対してもあったらしく、それも次々と告発が上がっていた。
「私がいた頃は既に神殿が不正をしているとの噂はあったからね。それが本当だったとしたら相当鬱憤が溜まっていたのだろう」
貴族から聖女が出るのは寄付が集まりやすい一方でリスクが高い。権力を盾に不正へと繋がりやすくなるからで、その結果が今の事態を招いた。貴族でも侯爵家に逆らうのは容易ではなく、また今後治療をしないと言われると困るので誰も不満を口に出来なかったのだ。
「セネットの聖女にとって代わろうなんて欲をかかなければ、ここまで断罪されることはなかっただろうにね」
「そう、ですね」
今更だけど、メアリー様を大聖女に選んでいたら、神殿もここまで腐敗しなかっただろうに。あの時もより家格が上の聖女が選ばれたし、それが繰り返されてジョージアナ様の就任に繋がったのだ。こうして見ると大聖女は確かに不正の温床になりやすい。神殿が機能していればいいのだけど、大司教があれでは自浄作用は期待できない。
「陛下が廃止を訴えるのも……当然ですね」
「そうかい? 兄上にはそんな気持ちはこれっぽっちもないと思うけどね」




