陛下の提案
王妃様がジョージアナ様にスカートの中にいた少女のことを尋ねたけれど、ジョージアナ様は何も答えることが出来ずに立ち尽くしていた。手を握りしめて震えていることから、この状況に酷く怒りと恐怖を感じているのだろう。どう言い逃れをするかと衆目が集まる中、膠着状態になるかと思われた。
「へ、陛下、大聖女様は先ほど力を使われてお疲れの様子。治療は後ほど……」
「セービンよ、そなたに発言を許した覚えはないが?」
「そ、それは……!」
「ああ、あのスカートの中にいた娘の説明を代わりにしてくれると言うのなら聞こうか」
「な!」
無理だろうな、と思った。事情を知っているだろうけど保身と権力欲の強い彼には口が裂けても言えないだろう。
「質問にも答えられないというのなら、別室で詳しく聞こうか」
「そ、それは……」
「ああ、その前に……」
陛下は一旦言葉を区切った。
「セネットの聖女は国王である私と対等な存在。それは建国からの取り決めだ。確かに建国より長い年月が過ぎ、時代と共に世の理は変化し、人々の暮らしもまた然り。その中で不要となった習慣は正さねばならぬだろう」
陛下の言葉に、会場内の者が静かに耳を傾けていた。セービン大司教とジョージアナ様は悔しそうな、苦しそうな表情を浮かべて聞いていた。
「今一度皆に問おう。我が国の、セネットの聖女が我が国にとって必要か否かを。近々国として、諸侯にその賛否を問おうと思う。それまでに皆、それぞれの考えをまとめておいてほしい」
陛下の宣言に、会場は騒めいた。建国以来の習慣を捨てるか否かを王家が貴族に問うというのだ。場合によってはセネットの聖女がいなくなる可能性があるのに。
「セネットの聖女が我が国に聖女を残してくれたのは、広く民にその力を注ぎ幸せを願ってのこと。その一方で権力に利用されることを危惧もしていた。聖女は民にこそ必要だとの初代聖女の思いが守られぬのであれば、これを廃することもまた初代聖女の願いだ。そのことを留意して頂きたい」
初代聖女はこうなることを予想していたのだろうか。ううん、もしかしたらこれまでにも同じことが繰り返されていたのかもしれない。だからこそセネットの聖女は神殿に関わらず、王家が管理してきたのだろうけど。
会場内の貴族たちは突然知らされた事実をまだ消化できずにいるようだった。近くにいる者同士で声を潜めて話し合う様は、とても祝いの席には似つかわしくなかった。多分、無断でこのような騒ぎを起こしたことも不敬罪の可能性があるとして追及されるだろう。
その後、陛下が連れてきた十人の怪我人は、結局ジョージアナ様には手に余り、私が癒すことになって益々私との力の差を見せつける結果になった。
そのジョージアナ様はセービン大司教と共に騎士に囲まれていた。暗殺防止の観点からも届け出のない者を夜会に連れて入るのはそれだけで重大な問題なのだ。これから騎士の尋問を受けるのだろう。
「ジョージアナ様!」
騎士が別室に連れて行こうとしたジョージアナ様に駆け寄ったのは、パトリシア様だった。あと少しのところで騎士に制止された彼女は、何を思ったか会場内を見渡して……ラリー様のところでピタッと止まった。でも直ぐに私にも気が付いたようで、その目に浮かんだものに嫌な予感がした。
「このっ! 魔女が!!」
ドレス姿とは思えないほどの速さでパトリシア様が向かってきた。距離にして十歩ほどしか離れていなかったのもあってか、咄嗟に身体が動かなかった。その視線に浮かんだ異様な熱がそうさせたのかもしれない。
「シア!!!」
次の瞬間、嗅ぎ慣れた香りと大きな身体に包まれていた。何かがぶつかった衝撃を感じると同時に、会場内に悲鳴が上がった。
「ラリー様!?」
悲鳴に何かが起きたのを感じると同時に、すごい勢いで力が抜けていくのを感じた。
「ラリー様? まさか怪我を!?」
慌ててラリー様の腕の中から逃れようとしたけれど、ラリー様の力が弱まらない。むしろ一層強くなって、衣裳に付けられた勲章などが刺さって痛い。
「ローレンス様!? ガードナー公爵令嬢を捕らえよ!」
「「はっ!」」
「医師を呼べ!」
バイアット侯爵の声がして、ラリー様に何かあったのを理解したけれど、直ぐに力の流れが止まった。怪我が治ったのだろうか? でも何も見えないので情況がわからない。
「ラリー様! 離して! い、痛いです!」
最後の手段と思いそう叫ぶと、ようやくラリー様は腕の力を緩めてくれた。ようやく視界が開けると、そこには騎士に拘束されて膝立ちになったパトリシア様がいた。髪もドレスも乱れてその姿はとても王子妃だった面影はない。
「お、お前が! お前さえいなければラリー様は……! セネットの聖女が何よ! この化け物が!! ラリー様はその化け物に魅了されているのよ! わ、私がラリー様をお救いするのよ! 私たちは愛し合っているのだからぁ!!」
既に理性を失っているのかパトリシア様の暴言は続いたけれど、未だに妄想の世界に囚われたままらしい。
「ガードナー公爵令嬢、私があなたを愛することは決してない。私は自ら望んで彼女の騎士になった。彼女を愚弄する者は私を愚弄するのと同じ。私にとっては敵だ」
「ら、ラリー……さ、ま……」
「何度も言うが、あなたに名を呼ぶ許可を与えた覚えはない。不愉快だ」
「あ……ぁあ……」
ラリー様にはっきりした拒絶を受けて、パトリシア様はその場に崩れるように座り込んでしまった。
「ふ、ふふ……あ、ぁあああああああ――――!!!」
急に笑い出したかと思ったらあり得ないほどの大声で叫び出した。慌てて騎士がその腕を取り、会場から連れ出したけれど、その間もずっとパトリシア様は叫び続けていた。彼女がいた場所にはバターナイフが転がっていた。
「ラリー様、お怪我は?」
慌ててラリー様に尋ねると、「ああ」と言ってわき腹を見せてくれた。衣裳が破れてはいたけれど、血が出た形跡はなかった。
「少しだけ血が出たようだけど、直ぐにシアが治してくれたみたいだね」
そう言ってラリー様が笑ったけれど……今度は安心した私が立てなくなってしまった。結局夜会はそのまま閉幕となり、王太子殿下の誕生祝いの場が台無しになっただけでなく、思いがけない方向に向かって終わった。




