大聖女のスカートの中身
ジョージアナ様が一歩を踏み出した時、それは起きた。ドレスのスカートの中から、何かが転がり出たのだ。
(こ、子ども……?)
その光景を見た人はきっと、同じような感想を持っただろう。それはまだ十歳そこそこの子どもだった。薄灰色のワンピースを身に着け、口には猿ぐつわが、手は後ろ手に縛られていた。勢いよく床に転がったその存在の異質さに、会場内の視線が釘付けになった。
「な……!」
ジョージアナ様とセービン大司教が呆然と目を見開き、ジョージアナ様に付いていた侍女が蒼白なまま立ち尽くしていた。まさかスカートの中に人がいるとは思わず、誰もが動けずにいた。
(あれは……あの子を蹴っていたの?)
先ほど侍女が周りを気にしながらジョージアナ様のスカートを蹴ったり治したりしているのが見えたけれど、あれはあの子に対してだったのか。そんなことをする意味が分からない。わからないけれど……
「ラリー様、あの子……」
「ああ、思った通りだね」
もしかしなくても、あの子の聖女の力を使っていたのだろうか。ラリー様が側にいたバイアット侯爵に視線を向けると、侯爵は心得たといわんばかりに頷いた。
「リドリー侯爵令嬢、その者は何者です? 近衛騎士!」
侯爵の声にようやくジョージアナ様とセービン大司教が我に返ったが、それよりも先に衛兵がその子を取り囲んでいた。
「リドリー侯爵令嬢、ご説明願えますか? この者はどこの誰でしょう? しかもドレスの中に隠して連れ込むとは、どういうことでしょうか?」
「そ、それは……」
発覚した時の言い訳を考えていなかったのだろうか。ジョージアナ様は顔色を白くしながらも答えを持ち合わせていないようだった。
「娘よ、名を名乗れるか?」
少女を抱き起して立たせたバイアット侯爵は、猿ぐつわを外すと静かにそう尋ねた。でも少女は見えるほどに震え、今にも泣きそうだ。
「大丈夫よ、誰もあなたを傷つけないわ」
「お、王妃様!?」
そう言って少女に寄り添ったのは……なんと王妃様だった。いつの間にか段下に下りて少女の手を取っていた。優しい声に少女の震えが少し収まった気がしたけど、王妃様と聞いて今度は小さな悲鳴を上げた。
「ああ、大丈夫よ、誰もあなたを罰したりはしないわ。ね?」
再度王妃様が笑みを浮かべてそう尋ねると、少女は暫くしてから小さく頷いた。その様子から平民だろう。
「じゃ、お名前を教えて? お幾つ?」
「わ、私は、マリーと申します。じゅ、十一歳です」
「マリーね。ご両親は?」
「りょ、両親は田舎です。王都よりもずっと西の……」
「そう。どうして王都に?」
「その、な、七歳の時に、聖女の力があるって言われて……それからは神殿で……」
「まぁ、小さいのに偉いわね。それで、どうしてスカートの中にいたの? 誰に言われたのかしら?」
「そ、それは……」
答えかけてそのマリーと名乗った子は視線を彷徨わせると、ある場所に止めて口を引き結んだ。その先にいたのは、セービン大司教とジョージアナ様だった。二人とも鬼のような形相でその子を睨んでいた。
「あら、大丈夫よ、私は王様の次に偉いから誰も文句は言わないわ。ねぇ、セービン大司教とリドリー侯爵令嬢、どうしてそんなに睨むの? この子が怖がってしまうわ」
「っ!」
「し、失礼しました」
王妃様がにっこりと笑みを向けると、二人は慌てて表情を改めた。自分たちが忠告されていると気付いて気まずそうだ。
「私は王様のお妃様なの。だから大丈夫よ」
そう言うと王妃様は、安心させるようにその子の髪をゆっくりと撫でた。
「あ、あの……大聖女様に言われて……合図をしたら、癒しの力を使えって……」
「それで言われた通りにしたのね。偉かったわ」
そう言うと王妃様は安心させるようにもう一度微笑みかけ、少女がホッとした表情を浮かべた。
「あら、血が出ているわね。アレクシア」
「え? あ、はい」
「この子の治療をお願いできる?」
「も、勿論です」
王妃様に呼ばれれば否やはない。少女に歩み寄ろうとして、今度はラリー様に呼び止められた。
「義姉上、治療の前に医師の診察が先です。傷の記録がなければ後で調査をする騎士団が困ります」
「あら、そう言えばそうね」
王妃様がそう言うと、近くにいた王宮医師が前に出て、少女を連れて退席しようとした。別室で診察するつもりなのだろう。
「あ、あのっ!」
医師と騎士に守られて会場を出るように促された少女だったけれど、立ち止まって王妃様に向かって声を上げた。
「お、お願いです。お姉様を、エリンお姉様を助けて下さい!」
(ええ? エリンお姉様って……?)
まさかその名をここで聞くとは思わなかった。ラリー様を見上げるとラリー様にも想定外だったのだろう、小さく頷いたけれどその表情には驚きがあった。
「まぁ、エリンお姉様? あなたのお姉様かしら?」
王妃様が穏やかな口調で答えると、少女は意を決したように言葉をつづけた。
「違います! エリンお姉様は私の先輩で聖女だった方です」
「そうなのね。では、その方は今どこに?」
「大聖女様のお部屋です。さっき殴られて、頭から血が出ているの……! あのままじゃ死んじゃう!」
「お黙りなさいっ!」
その子の声を遮ったのはジョージアナ様だった。鬼のような形相でその子を睨みつけていたため、その子はヒッと悲鳴を上げて身を縮めた。
「その娘は平民です! その様な世迷言など……!」
「お黙りなさい。その子とは今、私が話をしているのです」
「な……!」
ジョージアナ様の怒号を遮ったのは、王妃様の静かな声だった。さすがは王妃様だけあって、声を荒げていないのに抗えない何かがある。ジョージアナ様も王妃様相手にはそれ以上何も言えなかったようで、唇を震わせていた。
「大聖女の部屋に、あなたのエリンお姉様がいるのね?」
「はい。頭に怪我を。それに……何度も殴ったり蹴られたりしていたから他にも怪我をしているかも」
「そう。近衛騎士、至急大聖女の控室に! エリン嬢が見つかるまで王宮内を探しなさい!」
王妃様が静かにそう命じた。
「「「はっ!」」」
「ま、待ちなさい! わ、私の部屋に勝手に踏み込むなど許しません!」
「構わん。許す」
ジョージアナ様が大声で叫んだため騎士が躊躇したけれど、陛下があっさりと許可を出してしまった。
「さて、リドリー侯爵令嬢、どういうことか、ご説明頂ける?」
王妃様が穏やかな笑みを浮かべて再びそう尋ねたけれど、その目には冷たく射貫くような鋭さがあった。




