私の初恋
「……シア……こんな年寄りを揶揄うものではないぞ……」
私が辺境伯様よりギルおじ様と結婚したいと言ったせいで、二人も、その部屋にいた使用人たちも固まってしまったけれど、私は気にしなかった。だってこれは紛れもない本心だから。
「揶揄ってなどいませんわ、おじ様。だって私、小さい頃からギルおじ様のお嫁さんになるのが夢だったんですもの」
そう言ってにっこり笑うと、ギルおじ様も辺境伯様も一層驚かれたけれど……ギルおじ様ははぁ……とため息をついて困ったように笑った。おじ様、恐ろしげなお顔だけど、あの困ったような笑顔が私は大好きなのよね。目元が垂れて一層優しく見えるから。
「……まぁ……幼い頃は確かにそんな事を言っていましたな……」
「覚えていてくださって嬉しいわ。おじ様は私の初恋の方ですもの」
まさか覚えていてくださったとは思わなかったわ。そんなおじ様が昔と変わらなくて嬉しくなった。そう、私の初恋はギルおじ様なのだ。あの頃の私の周りには男性が極端にいなかったのもあるかもしれない。私の周りにいた男性といえば、父と祖父とギルおじ様、あとは使用人くらいだったから。両親は私を嫌っていたから子供同士の交流会などには連れて行ってもらえなかったし、唯一王子殿下達との交流はあったけれど、年が近いのはエリオット様だけ。でも私はあの頃から意地悪な彼が苦手だった。
「だがな、シア……」
「ふふっ、分かっておりますわ、おじ様。勅命ですし、今はもう無理だということくらいは。私が言いたかったのは、それくらい結婚には興味がないから辺境伯様のお好きなようになさっていただいて構わないということですの」
そう言ってにっこり笑うと、おじ様は額に手を当てて、またしてもはぁ……と長いため息を付いてしまった。一方の辺境伯は驚きと呆れだろうか、何とも表現しようのない複雑な表情をその美しい顔に浮かべていられた。例えとしては微妙かもしれないけれど、これで私の気持ちが伝わってくれるといい。
「……分かりました。義父上、確かに最初から白い結婚を提案したのは稚拙な考えでした。申し訳ございません。そしてセネット嬢、あなたにも大変失礼な事を言ってしまった。あなたの事情を知ろうともせず、一方的過ぎた」
「いえ、そんなことは……」
そこまで言われると申し訳なく思ってしまうわ。私だって白い結婚を望んでいたのだから。
「確かに義父上の仰る通り、私達はまだ会ったばかりだ。時間は十分にあるからこれから互いを知って、その上で今後どうするか考えましょう。それでよろしいだろうか?」
「え? ええ、辺境伯様がそれでよろしいのでしたら、私に異存はございません」
こうして私達の方向性は決まった。まずは互いを知る事から始めて、白い結婚にするかどうかは追々考えることになった。私としては白い結婚でよかったのだけど……でも、最初からそうすると勅命に反したと言われる可能性もあるわよね。そういう意味では、この結果は悪くないように思えた。
「そうそう、そういうことですので、私のことはラリーとお呼び下さい」
「え? いえ、でも……」
「義父上もそう呼んでくださっています。私達は夫婦になるのですから。とは言え、いきなり夫はハードルが高いでしょうから、まずは年の離れた兄くらいに思って下さい」
「そんな……恐れ多い事ですわ……」
いくら臣籍降下したとはいえ王弟の辺境伯様を、しかも今日会ったばかりなのに愛称で呼ぶなんて……
「いいえ、今の私は一介の辺境伯です。身分からすれば、侯爵家の令嬢であるアレクシア嬢の方が上ですから」
「でも……」
「代わりに私もシアと呼ばせてください」
「え?あ、あの……」
一方的に話が進んでいくけれど、異論を挟める余地がないわ……
「そうじゃな、シア。まずは呼び方を変えるところから始めるといいじゃろう。いつまでも家名で呼び合っていては埋まる溝も埋まらんし、わしも堅苦しくてかなわん」
「おじ様まで……」
おじ様はお付き合いも長いし、今は義理の親子だから愛称で呼んでも問題ないとは思うけれど……でも辺境伯様はれっきとした王族なのよ。しかも私なんかよりもずっと大人だし。そんな方を愛称で呼ぶなんて恐れ多すぎて無理だわ。なのにギルおじ様にまでそう言われてしまっては、それ以上否とは言えなかった。
「そ、それでは……ラ、ラリー……様…よろしくお願いします」
「様もいらないんだけど……まぁ、いきなりは無理か。それじゃ、これからよろしく、シア」
「は、はい……」
こうして恐れ多いことに辺境伯様とは愛称で呼び合う事で今日の対面は終わった。おかしい、もう少し距離のある関係で終わらせるつもりだったのに……そう思う私だったけれど、頭から拒絶される可能性も想定していたから、この心温まる提案に心からホッとしていた。




