セネットの騎士
「セネットの、騎士?」
陛下の口から出てきた言葉は、さすがに誰もわからなかったようだった。貴族たちの間でもざわめきが起こり、セービン大司教とジョージアナ様は目を見開いて陛下を見上げていた。セービン大司教は口の中で何度も反芻しているようにも見えた。一方でリドリー侯爵は苦々しい表情を更に深めた。
「陛下、セネットの騎士とは?」
最初にその質問を上げたのは宰相だった。皆が戸惑い首をかしげる中、さすがというべきだろうか。
「セネットの騎士はセネットの聖女を守る者。セネットの聖女と心を通わせ、セネットの聖女が持つ紫蛍石が認めた者だけが得られる地位だ」
初めて耳にする者ばかりだからだろう、陛下がゆっくりと、子供に言い聞かせるように答えた。
「セネットの聖女と心を……」
「紫蛍石が選ぶって……」
「左様。石に認められた者は常に聖女の加護を得、また聖女の危機を察するという。建国の聖女の伴侶となった初代セネット侯爵もまた、騎士に選ばれた者だった」
建国の言い伝えなど今では荒唐無稽なお伽噺のように言われているけれど、それは紛れもない事実だった。私も最初は話が盛られたお伽噺だと思っていたけれど、ラリー様に紫蛍石がくっ付いてしまい、また今回の襲撃で力が失われていったから、それが現実に起こりうるのだと実感したばかりだ。
「そ、そんな……しょ、証拠はございますか、証拠は!」
大声で叫んだのはセービン大司教だった。先ほどから知らない事実が次々と出てくることに、大司教としてのプライドが傷ついたのだろうか、顔を真っ赤にしていた。多分彼は、聖女をまとめる立場として全てを知っていると思っていたのだろう。だからこそこんな暴挙に出られたのだ。
「証拠か。そうだな、ローレンス」
「どうしましょうか? 実際に見て頂くのが早いとは思いますが……」
「うむ。だがこうなってははっきりさせないと納得しないだろう」
「そうですね」
ラリー様が苦笑しながらそう言うと、陛下が前へとお呼びになったので、ラリー様は壇上に登った。
「私がセネットの騎士になった証拠を示そう。ただ、肌を見せるから見たくない者は視線を逸らして頂きたい」
ラリー様の紫蛍石は鎖骨の下、鳩尾との間にあるので、本来なら人目に晒すのははしたないとされる。今日は未婚の令嬢も多いからラリー様は彼女らに配慮したのだ。注意を促した後、ラリー様はゆっくりと胸元を開いた。そこにあるのは小さな紫蛍石と、それを取り囲むように赤く浮き上がったセネット家の家紋だった。
「な……!」
「あ、あれは……?」
「あの模様は……セネット家の、家紋?」
常識では考えられないそれに、会場からは驚きの声が多々上がった。
「私の胸元にあるのは、セネット家の当主の証である紫蛍石の片割れだ。以前はチェーンを付けてペンダントとして身に着けていたが、婚姻後に私の身体と同化し、彼女が聖女の力を流し込んだことで家紋が浮かび上がった」
そこまで話してしまっていいのかと疑問に思ってラリー様を見ると、わかっているという様に頷かれてしまった。でも、公表するなら陛下の事前の許可が必要だから、公表することは事前に決められていたのだろう。
「当主の証?」
「紫蛍石とは?」
そんな風に思っている間に、皆の注目が私に集まっていた。
「シア、前へ?」
「え、ええ」
ラリー様が手を伸ばして私を呼んだので、促されるまま前に出た。
「シア、紫蛍石を皆に見せて」
「大丈夫なのですか?」
「あの石は持ち主を選んだだろう? だから大丈夫だよ」
ラリー様が小声でそう言った。そう言えば以前、メアリー様たちがこの石を奪おうとしたけれど、石が熱くて触れないと言っていたことを思い出した。だったら大丈夫だろうか。私はドレスを身に着けるために長いチェーンで下げていた紫蛍石を取り出すと、ラリー様が手にして高く掲げた。
「この紫蛍石はセネット家の当主の証。初代聖女と同等の力がある者が力を流すとこのように家紋が赤く浮かび上がる様になっている。そして、騎士を得るのも初代聖女と同等の力がある者だけだ」
ラリー様の説明に、皆が食い入るように紫蛍石を見つめた。
「あれが伝説の……」
「そうだ。確か子どもの頃に読んだ伝記でも、赤く光ったと……」
聖女の持つ紫蛍石が赤く光るのは建国物語にも記載されていたので、国民の殆どが知っている話だった。一方で紫蛍石は当主か、それに該当する者がいなければ王家が管理しているから実物を見たことがある者は殆どいないと思う。
「補足だが、もう一つ」
そう言って進み出たのは陛下だった。私はラリー様と共に左に移動して陛下に場を譲った。
「セネットの聖女と神殿の聖女の力は常に反する」
「え?」
「なん……!」
「それは建国以来変わることなく、だ。これは初代聖女の思し召しでもある」
陛下が厳かにそう告げると、再び会場内が沈黙に包まれた。
「そ、そんな! どうやったらそんなことが……!」
「な、何故そんなことを!?」
そんな中で声を上げたのは、セービン大司教とリドリー侯爵だった。
「神殿が驕らぬよう、セネットの聖女が軽んじられぬようにするためだ」
「う、嘘よっ! そんなこと!」
叫んだのはジョージアナ様だった。
「あ、あり得ないわ、私があの女に劣るなんて! わ、私は大聖女なのよ! ヘーゼルダイン様の傷を治したのも私だわ!」
顔を真っ赤にして私を睨みつけてくる様はとても大聖女の品格に相応しいとは思えなかった。今まで私を下に見ていただけに、これだけの貴族の前で自分が下だと、そもそも比べる存在ではないと言われるのは我慢がならなかったのだろう。よくよく考えてみれば、強引な手を使ってでも大聖女の地位を欲したのだ。相当な野心家だ。
「そうか、だったら他にも治療を必要とする者がおる。まずはその者を癒して貰おうか」
陛下はそう言うと、再び侍従に目配せをした。直ぐにドアが開いて、再び包帯を巻いた騎士たちが入ってきた。今度は十人ほどいて、杖をついている者もいる。
「な、何を……?」
「大聖女になる条件は聖女の力の強さのみ。要はいかに多くの治療が出来るかが重要視される。セネットの聖女の上だというのであれば、彼らの治療など造作もなかろう」
「そ、そんな……!」
陛下にそう言われてジョージアナ様は狼狽えた。先ほどの三人の治療もままならなかったのだから当然だろう。
「さぁ、どうした? この者を癒すのだ」
興奮しているジョージアナ様に対して、陛下は冷静に淡々とそう告げた。
「わ、わかりましたわ! 」
後に引けないと思ったのだろう。ジョージアナ様が悔しそうな表情を浮かべながらもそう言うと、その勢いのままに一歩を踏み出したけれど……
(ええっ!?」
次の瞬間、私たちはあり得ない光景に目を瞠った。




