衆目の元での治療
(ええっ? 私?)
いきなり名を呼ばれた私は、再び注目されて焦ってしまった。いや、何かと注目を浴びることが多いのだけど、会場内の注目全ては心臓に悪い。
「アレクシアよ、頼めるか?」
陛下がにやっと笑ってから私にそう告げた。ジョージアナ様には命令だったけれど私には依頼の形をとったのは、私が陛下と対等だとの陛下の意思表示なのだろう。ジョージアナ様たちは気付いていないようだけど。
「わかりました」
さすがにここで拒否するわけにはいかないだろう。それに、今後のことを思えば私の力を示しておいた方がよさそうだ。陛下もそう思われたのか、この場での治癒を望まれたのだろうし。
「さ、シア。エスコートは私だよ。何と言っても私はシアの騎士だからね」
こんな場なのにラリー様は平常運転だった。この人、緊張することなんてあるのかしらと思ってしまう。私の緊張を解すためなのだろうけど。確かに温かいラリー様の手にホッとしたし、一人で御前に向かうよりは心強かった。
ラリー様のエスコートで真っ直ぐに陛下の前に向かった。途中にジョージアナ様とセービン大司教が立っていたけれど、さすがにラリー様の行く手を遮ることは出来ないと思ったのだろう。それぞれに不本意な表情を浮かべながら左右に移動した。
通り過ぎる時、ジョージアナ様の方から微かにくぐもった音が聞こえた気がしたので視線を向けると、侍女がスカートを直していた。移動するのも難儀なドレスを、私を告発するつもりのこんな場で着てくるなんてやっぱり不思議でしかなかった。
「アレクシアよ、この者たちを頼む」
「畏まりました」
付き添いの騎士が包帯を外すと、まだ血が滲む生々しい傷跡が現れた。かなり深い傷で止血はしたけれどそれ以上の治療は受けられないのだろう。騎士は平民でも優先的に神殿で治療が受けられるとラリー様に聞いていたから驚いた。
こんな場で治療をするなんて初めてで、却って緊張が増した。目を閉じて一度だけ大きく深呼吸し、いつも通りにと念じてから目を開けると、騎士たちは不安そうな表情で私を見ていた。先ほどのジョージアナ様を見ているから治るとは思えないのだろう。
(大丈夫、いつも通りにやれば問題ないわ)
気合を入れてから、私はジョージアナ様とは逆に、左側に座る騎士の手を取った。
「痛いことはありません。少し変な感じがして身体が温かくなりますが、大丈夫ですから」
彼の前に跪き、視線を合わせながらそう語り掛けると、一瞬戸惑いを見せたけれど静かに頷いた。たまに力の流れに不快感を持つ人がいるから、一応声掛けをするようにしている。目を閉じて、静かにゆっくりと力を送り込む。力を感じてか一瞬だけ身体が震えたけれど、拒否されることはなかった。怪我が治るイメージを浮かべながら力を送っていると、ふっと途切れる感覚がした。時間にして二十を数えるくらいだろうか。かなりの傷だったのだろう。
「如何ですか?」
目を開けてそう問いかけると、戸惑いの表情を浮かべていたが、あった筈の傷は綺麗に消えていた。不思議そうに騎士が身体を動かしていた。
「な、治って、る……痛みが、痛みがない……!」
まだ信じられないような表情がゆっくりと歓喜に、そして今にも泣きそうなものへと変わっていった。もう彼は大丈夫だろう。その後も私は残りの二人を癒していった。真ん中にいた二人目は足を怪我して立つことも出来なかったけれどちゃんと歩けるようになった。三人目はジョージアナ様が癒せなかった騎士だけど、彼は三人の中で一番傷が軽く、十を数える間も要らなかった。
「どうじゃ、三人とも」
陛下がそう尋ねると三人は恐縮してしまったらしく、口を閉ざしてその場に跪いて頭を下げてしまった。平民が王族と直接話をするのは禁止されているから尚更だろう。直ぐに付き添いの騎士が察して、彼らに話を聞いた。
「申し上げます。三人共に怪我は綺麗に消え、痛みもないとのことです」
騎士の報告に会場内がワッと湧き、陛下は鷹揚に頷かれた。
「シアの力なら造作もないことだね」
隣でラリー様もそう囁いた。確かにヘーゼルダインではもっと重傷の騎士を何人も癒してきたし、これくらいなら疲れることもない。
「セービンにリドリー侯爵令嬢よ。どうじゃ、実際に見たアレクシア、いや、セネットの聖女の力は」
陛下が声をかけたのは、私に力がないと公言していた二人だった。
「……ば、馬鹿な……」
「そんなことって……」
どうやら私の力は彼らの想定を大きく上回っていたらしい。これでも力を使ったと言えるほどではないのだけど。
「で、でもっ! 私はヘーゼルダイン様の傷を治しましたわ! こ、こんな筈じゃ……!」
「さ、左様でございます。陛下もご覧になったでしょう? 大聖女様が駆けつけてヘーゼルダイン様の傷を治したのを!」
やはりラリー様が負傷された時、彼らは治療のために呼ばれていたのか。確かに王族に何かあった時は大聖女が呼ばれる。陛下はラリー様を大切に思っているし、何なら過保護に思うくらい気を使っている。そう言えばお義父様はラリー様の本質故に心配なのだろうと言っていたけれど……
「ああ、ローレンスの傷か。あれを治したのはアレクシアだ。リドリー侯爵令嬢ではない」
「な! そんな馬鹿な! 陛下だって私が駆けつけた時、その場にいらっしゃったではありませんか!」
「そうですぞ! あれは大聖女様の御力。その場にいなかったセネット嬢に何が出来ると仰るのです!?」
二人は唾を飛ばす勢いで陛下に詰め寄ったけれど、陛下はにんまりと笑みを浮かべた。
「それはローレンスが、セネットの騎士だからだ」




