大聖女の力
「何だ、リドリー侯爵令嬢」
「陛下に申し上げます。セネットの聖女との盟約とはどのような内容なのでしょうか? その盟約で聖女の力が失われるとは、どういうことでしょう?」
ジョージアナ様の疑問は私の疑問だった。我が家にある資料にもそのような記載はなかったから。ご存じなのは陛下だけで、資料も王家が管理しているのだろう。今まで疑問に思わなかった自分が恥ずかしい。
「盟約か。そうだな、リドリー侯爵令嬢が疑問に思うのも無理はなかろう」
「でしたら!」
「だがな、これは建国以来極秘扱いなのだ。知るのを許されるのは国王に就いた者とセネットの聖女のみ。他国に知られれば国の根幹を揺るがす内容ゆえ、話すことは出来ぬ」
「そ、そんな……わ、私は大聖女です。せめて私にだけでも……」
「大聖女であっても、セネットの聖女ではない」
陛下は譲る気は全くなさそうだった。でも、建国以来そう受け継がれているのなら陛下がそれを破ることはなさらないだろう。聖女の存在が国の害になっているならまだしも、今は助けられている面が圧倒的に多いのだから。
「そ、そんな! あ、あのように力のない者が私に劣ると? 陛下はそう仰るのですか!」
どうやらジョージアナ様は私を随分と下に見ているらしい。これまでの態度でそれは感じていたけれど、まさか陛下の前で堂々と口に出すなんて。それに、陛下も私の力はご存じのはず。セネットの騎士が現れるのはかなり力がないと無理なのだから。
「そなたはアレクシアの力を知らぬのか?」
「あ、当り前ですわ。あの者は神殿で聖女の修行をしたこともないのです。もしかしたら神殿にすら来たことがありませんのに」
「アレクシアが神殿に行かないのはセネットの聖女だからだ。セネットの聖女は神殿には干渉しない。これも建国以来の約束だからな」
「な、何故そんなことを……」
「神殿の腐敗を防ぎ、権力争いに利用されないためだ。初代聖女がそう望んだ」
「初代聖女が……」
その言葉に私はようやく合点がいった。確かに神殿と聖女が共にあれば、これ以上大きな権力はないだろう。民衆を味方に付ければ王家よりも力を持つかもしれない。
一方で大きな力は権力を持ち、不正を招く。最近の神殿もそうだ。ここ数代の大聖女は貴族出身で、その裏で平民出の力のある聖女が選ばれなかった。メアリー様やエリンさんがそのいい例だ。ヘーゼルダインでメアリー様が他の聖女を利用して驚いたけれど、それはずっと王都で行われてきたことだった。
「ああ、せっかくだからアレクシアの力を皆に見てもらおうか。ああ、彼の者をこちらに」
陛下が侍従に指示すると、侍従がドアを守る騎士に目配せした。すると騎士は三人の騎士を連れてきた。三人は頭や腕、足などに包帯を巻いていて、その様子からかなり重い傷なのだろうことが伺えた。包帯には血が滲んでいる者もいて傷が新しいことを表していたし、一人は二人の騎士に抱きかかえられていて歩けないようだ。痛々しい姿に、あちこちで貴婦人たちの悲鳴が上がった。
「この者たちは王都を守る平民出身の騎士たちだ。昨日、とある強盗集団を摘発したのだが、その際に怪我を負ってな」
彼らが陛下たちの前までくると、侍従が椅子を用意させた。彼らの体調を気遣ったのだろう。騎士たちは恐縮したが陛下が座るように促すと、ようやく腰を下ろした。
「さて、大聖女よ。この者たちを癒せ」
「……え?」
突然の命令に、ジョージアナ様が目を瞠った。
「何だ、大聖女なら造作もないであろう? 毎日神殿では怪我人を癒しているのだから」
「そ、それは……」
「何だ、大聖女を名乗り、セネットの聖女に代わろうと言うのだろう? だったらこの程度の傷、出来ぬはずはなかろう?」
陛下に重ねてそう言われると、ジョージアナ様は表情をこわばらせた。それでも王命に逆らえるはずもない。ゆっくりと騎士たちの前に向かって歩き始めたけれど。大きすぎるスカートの広がりに難儀しているように見えた。
(え?)
歩き始めたジョージアナ様の後ろにいた侍女らしい女性が、ジョージアナ様のドレスを蹴るのが見えた。普通侍女が主のドレスに触れることはない。気のせいだろうかと思ったけれど、ジョージアナ様が立ち止まるとまた蹴ったように見えた。後ろから見ていると直ぐに分かったけれど、彼女たちは気付いていないのだろう。ラリー様を見上げると私の視線に気づいてくれて、にこと笑みを浮かべた。どうやらラリー様も気づいたらしい。
そうしている間もジョージアナ様が騎士の癒しを始めた。一番右にいた騎士の手を取ろうとしたけれど、躊躇しているようにも見えた。そう言えばジョージアナ様は平民は相手にしないとの噂があったっけ。
「嫌々やっているのが丸わかりですわね」
ジョージアナ様の様子にリネット様も眉をしかめた。ここまであからさまな態度はどうかと思う。やはり平民は相手にしないとの噂は間違いなかったのだ。皆の期待を込めた視線がジョージアナ様に注がれていた。
「大聖女よ、まだか?」
暫く、多分五百を数えるほどの時間が経ったけれど、騎士とジョージアナ様に変化はなかったため、陛下が問いかけた。ジョージアナ様の表情は見えないけれど、騎士は困惑した表情へと変わっていったために傷は癒えていないのだろう。
「きょ、今日は調子が悪いようですわ。先ほど一人治療いたしましたから、疲れてしまったのかも」
「おお、そうですな。聖女の御業は気力体力を使うものです。陛下、どうかこの者たちの癒しは別の機会に」
さすがにジョージアナ様もマズいと思ったのだろうか。そう言って騎士から手を離し、セービン大司教が庇う様にそう言った。
「ああ、ですがせっかくの機会ですな。どうせならセネットの聖女の御力を見せて頂きましょうぞ!」
いいことを思いついたと言わんばかりに、セービン大司教が手を一つ打つと私を見た。その表情は挑発的で、笑みには蔑みがありありと浮かんでいた。




