王宮からの使者
「アレクシア様!?」
「奥様!?」
ユーニスたちの叫び声が聞こえるけれど、私は返事をする余裕もなかった。背中の熱は変わらず、眩暈がしそうなほどに力が奪われていく。こんな感覚は初めてだった……
「どうなさったのです?」
「だ、大丈夫、だから……」
少しだけ待ってほしい、そう思いながら手を振ると、ユーニスたちの声が止んだ。どれくらいそうしていただろうか……
「ア、アレクシア様! 紫蛍石がっ!?」
ようやく力の流れが収まったので顔を上げたら、ユーニスが驚いた表情を隠さずに声を上げた。
「え?」
何かと思って紫蛍石を手にすると……石が赤く光っているのが見えた。力を流してからはずっとセネット家の家紋が赤く浮かび上がっていたけれど、今は家門がわからないほどに全体が赤く光っていた。でもそれも私たちが見つめていると少しずつ収まっていって、最後には消えてしまった。
「な、何だったのかしら……?」
「アレクシア様、お身体は? ご不調だったのでは?」
「え、ええ……急に背中が熱くなって……力が奪われるような感じがしたの。こんなこと……初めてだわ」
何だろう。あまりいいことのような気がしなかった。それに大人数を治療したような脱力感が残っている。
(どこかに力が流れていったというの……? でも、どこに?)
嫌な胸騒ぎを押し殺していると、バタバタと誰かがこちらに駆けてくる足音が聞こえた。この屋敷にそんな不作法な人はいない筈。だとしたら……
「お、奥様!! 大変でございます!! 旦那様が! 旦那様が王宮で大怪我を負ったとの連絡が!!!」
身体中の血が一気に流れ出して気がして、体温がなくなった気がした。
王家からの知らせを受け、私は直ぐにユーニスとイザードを伴って王宮に向かった。
陛下の使者の話では、ラリー様は会議の合間の休憩中、廊下で陛下と並んで休憩室に向かう途中で襲われたという。実際に襲われたのは陛下で、ラリー様は陛下を庇って怪我をされたのだ。陛下が出席なさる会議は武器などの持ち込みは禁止だったため十分応戦できず、陛下を庇って背中を負傷されたらしい。
「アレクシア様、大丈夫ですわ。陛下のお使いも命に別状はないと仰っていましたし」
「そうかもしれないけれど……」
ユーニスが私を励まそうとそう言ってくれたけれど、私の心も体も凍り付いたような感覚が消えなかった。奪われた力の大きさから、怪我の大きさが思い知らされていたのもある。あんなに力を奪われるのは、生死を彷徨うくらいに重傷の時くらいだから。
(あの背中が痛んだのは……それに、あの時力を奪われた感じがしたのも……)
ラリー様はセネットの騎士で、私とは紫蛍石で繋がっている。セネットの騎士は聖女と離れた場所にいても怪我を負えば石を通じて治療されると文献にあった。それが起きたのだろうか……
「ラリー様!!!」
急く気持ちを押し殺して王宮のラリー様の部屋に入ると、医師らしき人と数人の侍女、そしてラリー様について行ったロバートがいた。
「ロバート! ラリー様は!?」
「アレクシア様!」
私たちに気付くと直ぐにロバートがやって来て、ローレンス様の元へと促してくれた。奥の寝室に入る前に気を落ち着かせるために深呼吸を一度してから、そっとドアを開けた。
「ああ、シア。心配かけてすまなかったね」
「……ラリー様……」
そこにはベッドの上で上体を起こしたラリー様がいた。逆光のせいか顔色が青いようにも見えるけれど、朝別れた時と変わりない笑顔と声だった。
「ラリー様……お怪我は……」
恐る恐る近づいて尋ねると、いつもの笑顔を浮かべてくれて、その事に物凄く心が軽くなっている自分がいた。
「ああ、心配をかけてすまなかった。陛下を庇って刺されたはずなんだけど、今はこの通り、どこにも問題はないよ」
「いいえ、かなり出血されたのですから横になっていてください!」
後ろから諫める声がして振り向くと、王宮医だった。
「出血って……」
「ああ、宮廷医のローパーと申します。ヘーゼルダイン辺境伯様は暴漢に襲われて右の背中を刺されたのです」
「右の背中……」
私が熱いと感じた場所と同じだった。
「直ぐに部屋に運び込まれて応急処置を施したのですが……治癒魔法が効いたようで傷は綺麗に消えております。ただ……」
「出血は、治癒魔術では……」
「そういうことです。なので数日は安静にしてお過ごしいただきたいのですが……」
そう言ってローパー医師が難しい表情でラリー様を見たところで、彼が言いたいことは分かった。大人しく寝てくれないのだろう。
「仕方がないだろう? こんなことになったのだから、早急に犯人を捕まえる必要があるんだから」
「それは今、バイアット侯爵が指揮されております。怪我人は大人しく休んでいるものですぞ」
話の様子からして、ローパー医師とラリー様は知り合いらしい。ラリー様は王宮育ちだから当然と言えば当然だろうか。
ロバートがベッドの側にイスを設けてくれたのでそこに腰かけると、ラリー様が直ぐに私の手を取った。その大きくて温かい手に、冷え切った体も心も解されていくのを感じた。
「ご無事で、よかったです……」
「ああ、これもシアのお陰だよ、あなたの力が私を助けてくれたんだ」
やっぱりあの時の感覚はラリー様を癒すためだったのだ。それは起きて欲しくないと願っていたことだったけれど、それでもその力がこれほど嬉しく有難いと思ったことはなかった。




