経験したことのない異変
それから二日後、バイアット侯爵が我が家を訪ねて来られた。用件は先日のクロフ子爵の件だ。
「予想通り、騎士団に通報や出動した形跡はありませんでした」
「やはりな。では神殿か?」
「恐らくは。クロフ子爵はリドリー侯爵家の分家で、侯爵家の私兵を率いる立場でもあります。連れてきた騎士は恐らく侯爵家のものかと……」
「だろうな。騎士団を私的な事情で動かすことは出来ぬ。だが侯爵家なら私兵を持っているから」
それが本当なら拘束されずに済んでよかったと思った。私兵ではどこに連れていかれるかわかったものではない。下手をすればそのまま監禁されて……という可能性もあったのだ。
「どうやら、リドリー侯爵令嬢は焦っているようです」
「焦る、か。令嬢の聖女の力が衰えているからか?」
「そうですね。元々力があったとは言えなかったようですし。平民の聖女を隠れ蓑にしているとの噂は当初からございました。恐らくは……」
「令嬢と大聖女の座を争った女性を我が家で保護している。十分な力を持つもつ身代わりがいなくて困っている、といったところか」
「その線が濃厚かと」
それはクレアが言っていたことにも合致していた。
「それでは、クロフ子爵の目的は私ではなくエリンさんだったと?」
「それは断定致しかねますが、その可能性はあるでしょう。彼女の生家に近かったようですし、顔見知りが彼女の治療する姿を見ていたでしょうから」
「では、今後も気を付ける必要がありますね」
「ええ。一人で外出など論外ですが、再び押しかけてくる可能性も否めません」
それくらいジョージアナ様は追い詰められているのかもしれない。今ですらジョージアナ様は貴族ばかりを相手にして平民に治療を行ったことは一度もないという。それは力がないから彼らの前に出られないということかもしれない。
「アレクシア様もどうかお気をつけて。彼らの増長ぶりは最近目に余りますから」
「ありがとうございます」
バイアット侯爵が帰られた後、ラリー様はロバートに屋敷の警備の強化を命じていた。それは治療に使っている空き家の方もで、いつの間にかラリー様は陛下から治療の許可も頂いていた。
「これで神殿に文句を言われることはないよ。あそこはセネットの聖女の臨時の治療所として王家に認められたからね」
それは有難いけれど、最近では火事の怪我人は殆どおらず、それ以外の怪我で治療を願う人がやって来るようになっていた。火事の怪我人が減った分だけ受け入れているけれど、私たちは十日もすればヘーゼルダインに戻るだけに、今更必要だろうかと思わなくもない。でも……
「形だけでも王家の許可を受けているのでは、神殿の態度も違ってきますわ」
「そういうものかしら」
ユーニスもラリー様に賛成だった。仲が悪そうに見えるけど、二人は意外に意見が合う。
「そうです。そもそも神殿はセネットの聖女の下ですのよ。その神殿がアレクシア様のやることに異を唱える事自体が不敬ですわ」
「でも、セネット家は常に聖女が生まれるわけではないし……」
「でも、今代は十分な力を持つアレクシア様がいらっしゃいますのよ」
ユーニスは神殿に厳しいけれど、気持ちはわからなくもない。セービン大司教やリドリー侯爵の態度は腹立たしいし、そもそもリドリー侯爵は大聖女の父親ではあっても神殿の関係者ではないのに口を出し過ぎだとは思う。
「……これも前侯爵夫妻やメイベル様のせいですわ」
「それを言うなら、それを止められなかった私にも責任はあるわ」
「まぁ! それはあり得ませんわ。あの家の中ではアレクシア様は発言権などなかったのですもの」
「そうだけど……でも、もっと早くに陛下に相談していたら、ここまで酷くは成らなかったかもしれないし」
そう、陛下は父たちと同じ考えだと思っていたから、私は聖女の力も見せなかったし、助けを求めようともしなかった。一度だけでも真剣に話をしていたら、結果は違ったような気がする。
「それも今更ですわ。少なくともあの頃のアレクシア様は陛下と相談出来る状況ではありませんでしたもの。最悪、もっと酷いことになっていた可能性もありますわ」
その通りかもしれないけれど、自分に全く非がなかったと断言できそうもない。ただ、ユーニスの言う通りもっと悪い結果になっていた可能性も否定出来なかった。全く、どうしてこうもおかしなことになってしまったのか……何度自問しても望める結果は得られそうになかった。
その翌日、ラリー様は朝から王宮へ出かけた。相変わらずヘーゼルダインの件が主だけど、最近では騎士団の改革についての意見も求められているらしい。本来ならラリー様が総騎士団長か宰相になる予定だったというし、未だに周囲からの期待が高い。バイアット侯爵などもいつでも戻って来て下さいと言っていたし、それだけ優秀な人なのだと思い知らされる。年の差もあるし、聖女の力以外では何の取柄もない私には過ぎた人だと思ってしまう。
その知らせを受けた時、私は今度の夜会のドレスの最終確認をしていた。夜会まで残り七日しかないから、装飾品なども合わせて足りない物はないかチェックするのだ。
「奥様、今度も奥様の色でとの旦那様からのご要望ですので、今回は少し濃い紫を基調として、銀と金をあしらったドレスになります」
「まぁ、この色は初めてね。紫もこれまでは薄い色だったから」
「ええ。王宮では今、濃い色が流行っているのもありますから。この色なら奥様の髪もよく映えましょう」
「本当ね。アレクシア様の青銀の髪は濃い色の方が映えるものね」
デザイナーのヘイローズとユーニスの会話を聞きながら、私はドレスにそでを通していた。その時だった。
「……っ!」
突然ドクン! と身体に衝撃が走ったと思ったら、背中が急に熱くなるのを感じた。それと同時に聖女の力が急速に奪われていく感覚がして、私はたまらずしゃがみこんでしまった。




