欲しかったものは…
お昼過ぎになってラリー様がお戻りになったので、私とユーニスはクロフ子爵と通報されたことを話すと、ラリー様は直ぐに動いて下さった。元々騎士団長をなさっていたし、今の騎士団長はラリー様と親しいバイアット侯爵だ。
「通報者がはっきりしないんだ」
「通報者が?」
「ああ。一般的に通報があった場合、その情報は保存される筈なんだ。誰がいつ、どんな内容で通報したかをね」
「では……」
「その記録がないということは、誰かがクロフ子爵に命じたか、クロフ子爵の独断だろう」
なるほど、真っ当な通報ではなかったのか。
「こうなると、通報したのは神殿の手の者……いや、リドリー侯爵や大神官の可能性があるな」
ラリー様が顎に手を当てて思案していたが、私もその可能性が高そうに感じた。彼らは私とセネット家を疎ましく思っているのは確かだし、リドリー侯爵は明らかにセネット家の地位を狙っている。
「この件に関しては騎士団に厳重に抗議しておいたよ。まぁ、バイアットには裏を調べて貰っているしね」
そう言ってラリー様は人の悪い笑みを浮かべた。バイアット侯爵は悪友とも言える存在だと仰っていたから、かなり気安い関係なのだろう。それなら詳しく調べて下さるだろうし、今後同じことが起きないように対策して下さるはずだ。
治療に関してはある程度目処が付いたところでエリンさんに任せることにした。私は私でお茶会や夜会などもあって、治療に手をかけていられなかったからだ。王都滞在も今回は長めとはいっても三月もいられない。
既に王都に着いてからヘーゼルダインのことも心配だ。今は隣国がちょっかいをかけてくる可能性は低いとはいえ、何があるかわからないのだ。
「シア、予定通り二週間後には王都を発つつもりだ」
「二週間後、ですか」
ある程度王都での予定に目処が立ったらしく、ラリー様は予定通りヘーゼルダインに戻ると仰った。
「それじゃ、それまでにエリンさんたちの身の振り方を決めて貰わないといけませんね」
「ああ。ここに残るか、ヘーゼルダインに同行するかを決めて貰おう」
心配性のラリー様は、エリンさんには私に何かあった時のために同行して欲しそうだった。ただ、ここに生活の基盤があるだけに無理強いも出来ない。
「来週の王家主催の夜会が最後になるかな」
「そうですわね。確か、王太子殿下の誕生日を祝う夜会でしたわね」
王太子殿下は順調に次期国王としての立場を築かれていた。妃殿下との仲も良好だし、弟の第二王子も補佐されて、その地盤は揺るぎないものになっていた。そんな様子を窺う度に、エリオット様がいらっしゃらないのが残念に感じた。今頃どうお過ごしなのだろうか。
そう言えば、私の家族たちもどうしているのだろう。噂では反省の色はなく、修道院でも自分たちは悪くないと言っていると聞くけど……
「どうした、シア?」
私が黙り込んだせいか、ラリー様が顔を覗き込んできた。近過ぎて戸惑う私の反応を楽しんでいるような気もしたけれど、表情にはそんな様子はなかった。
「い、いえ……エリオット様や……私の家族はどうしているのかと思って……」
急な問いに誤魔化すことも出来ず、思ったままを口にすると、ラリー様は「私以外の男のことなど考えて欲しくないね」と言いながら笑った。そういう意味で気にしているわけではないのだけど……
「そうだね。エリオットは幽閉先で大人しく過ごしているそうだよ。今は自分がしたことがどれほど愚かだったか、理解していると聞く」
「そう、ですか」
少しは反省してくれたならよかったと思う。だとしても、やられたことがなかったことにはならないし、水に流すには色々あり過ぎたけれど。それでも反省もしないと聞く家族よりはずっとマシだろう。
「元侯爵は反省する気は全くないようだね。未だに反抗的な態度だそうだ」
「やっぱり……」
祖母や私の態度から、父が反省するとは思えなかった。きっと死ぬまで私たちを恨んで生きるのだろうなと思う。どうしてそこまで恨みを募らせることが出来るのかと不思議に思うけれど、ここまで拒絶されるのならこの先も変わることはないのだろう。
「夫人は最近では反省の弁を口にするそうだよ」
「お母様が?」
父以上に私に辛辣だった母だったので意外だった。最も父は私を無視して接触が少なかっただけなのだけど。
「姉妹で差をつけたことを院長に尋ねられて、答えられなかったそうだ。わかるように説明して欲しいと言われて、答えを考えているうちに自分がおかしかったのでは、と思うようになったと聞いたよ」
「お母様が……」
そう言われてもまだ信じがたかった。あんなにメイベルばかり可愛がって、私のことは疫病神のように扱っていたのに。
「何と言うか……意外でした」
「そう?」
「はい。母は……お前など産まなければよかったと言っていましたから……」
「な……!」
「父には祖母が決めた婚約者がいたのですが……父はそれを無視して母と関係を持って既成事実を盾に無理やり結婚したんです。だから祖母は母には厳しかったらしくて……私が祖母と同じ色を持って生まれたので、私を見るたびに……祖母を思い出すから姿を見せるなって言われていました」
祖母が生きている頃はまだよかった。でも、祖母が亡くなって父が当主になってからは、あの屋敷の中に私の居場所はなくなってしまった。陛下が私の保護の目的でエリオット様との婚約を整えてくれなかったら、どうなっていたことか……
「シア……」
名を呼ばれたと思ったら、ふわりと包み込むように抱きしめられた。その優しい動きに何だか胸の奥が苦しくなるような感覚がした。
「これからは私がずっと側にいるよ」
頭上から降りてきた言葉に、目の奥がツンと痛んだ。その言葉が、抱きしめてくれる腕がずっと欲しかったのだと思ったら、なんだかたまらなくなった。離れて欲しくなくて、シャツをきゅっと握ってその胸に顔を押し当てた。私が落ち着くまでずっと、ラリー様は優しい手つきで背中を撫で続けてくれた。




