火事の現場
火事から一夜明けた。
いつもよりもかなり早い朝食を頂きながら、ラリー様と一緒にキーナンが集めてくれた情報を聞いた。火事があったのはエレンたちが住んでいた住宅街の中でも貧しい人たちが多いエリアだとわかった。かなりの建物が焼失し、犠牲者も出ているという。今は王都の騎士団が現場検証をしているらしい。
「あの、怪我人は?」
「怪我人は近くの講堂に集められていると聞いています。そこに神殿から聖女が派遣されると」
「そう」
だったら私の出番はないだろう。神殿の聖女は何人もいると聞くし、こういう時は率先して治療に当たると聞いている。だからこその神殿であり聖女なのだ。
「アレクシア様! 火事って本当?」
そこに飛び込んできたのは、クレアだった。その後ろにはエリンさんとアレクもいる。エリンさんはクレアの不作法に顔を青くして窘めようとしているが、クレアはそんなことは気にしていなかった。
「わ、私たちが住んでいた当たりだって聞いたんだ。本当なの?」
「え? ええ。そうみたいね。今私もそう聞いたわ」
「そ、そんな……みんなは……」
多分、知り合いがいるのだろう。エリンさんが倒れた後も近所の人たちが助けてくれたのだと言っていた。クレアの表情が一層青褪めた。
「姉さん!」
「ええ。私も行くわ。少しでも助けになりたいもの」
「ああ。アレンはここで待っていて」
飛び出す勢いのクレアに待ったをかけたのはラリー様だった。
「神殿の聖女が派遣される。今は止めておいた方がいい」
意外にもラリー様は待ったをかけた。確かに神殿の聖女が派遣されるのなら、そちらに任せた方がいいのかもしれない。
「だけど! あいつらは平民なんか治療しないんだ!」
「それはないだろう? こういう時こそ神殿の聖女の出番だろう?」
「今の大聖女になってからは、そんなこと一度もない! あいつらは平民なんて治療する価値もないって考えているんだから!」
はっきり言い切るクレアに、ラリー様は眉をしかめた。別にクレアの無作法に気を悪くしたわけではない。問題は多分、クレアの言った内容だろう。
「今の大聖女になってからって、神殿は奉仕活動をしているのだろう?」
「それもみんな、姉さんたちがやっていたんだ。手柄だけは大聖女がやったって事にして!」
クレアがそう言い切るのでエリンさんを見ると、彼女は私たちの視線に気付くと戸惑いながらも小さく頭を縦に振った。どうやらクレアが言ったことに間違いはないらしい。
「そう、か……」
そう言うとラリー様はしばらく考え込んでしまった。
「あの、ラリー様?」
「ああ、シア。まさかとは思うけど……そのまさか、なのか……」
「ええ。私だって困っている方を放っておけません」
そう、ヘーゼルダインでもこんな時は私も治療に出ていたのだ。王都だからってやってはいけないわけではないだろう。別にお金を貰うわけでもないのだから。
「……わかったよ、シア。ただし条件がある」
「ありがとうございます、ラリー様!」
「だから条件がある。私も同行すること。絶対に一人にならないこと。護衛もつれていくし、ユーニスも一緒に来て貰うか」
「当然ですわ、お義兄様」
「……ああ、よろしく頼む」
ユーニスに兄と呼ばれてラリー様が苦い表情を浮かべた。ラリー様はそう呼ばれるのが余りというか、かなりお好きではないらしい。そしてユーニスは一番に自分の名前が挙がらなかったことへの無言の抗議なのだろう。相変わらず私に過保護なのは変わっていないから。
それから私たちは質素な服に着替えて、火事の現場に向かった。まだ騎士団の調査は終わっていないらしく、物々しい雰囲気だった。火事の後特有の独特な焦げ臭いが辺りに立ち込めていた。灰が舞うので、口元をスカーフで隠して馬車から降りた。
「ああ、こっちには入るな! 危ないから下がれ」
「お役目ご苦労だな」
「何だと、平民ふぜいが……って、ローレンス様?! も、申し訳ございませんっ!」
どうやらラリー様を知る騎士だったらしい。横柄な態度が一転、卑屈なほどに平身低頭になった。お陰でラリー様は火事の状況を詳しく聞くことが出来たみたいだけど。
「どうやらこの先の路地から火が出たみたいだね」
「路地からって……」
「まぁ、原因は騎士団が調べるだろう。あと、講堂に収まらなかった怪我人がこの先の広場に集められているらしい」
「広場に? じゃ、みんなはきっとそこだ!」
「クレア、待って!」
言い終えるとクレアはあっという間に走っていった。彼女にはその広場がどこなのか見当がつくのだろう。エリンさんに尋ねると、この先に広場というか建物の跡地の更地があって、そこのことだろうと言った。講堂に入れるのは平民でも裕福な人で、貧しい人はそちらだろうとも。
「ラリー様」
「ああ、わかっていると。シアが行きたいのは広場だろう」
困ったと言わんばかりのラリー様だけど、反対することはなかった。ヘーゼルダインでも同じだったからだ。お金のある人は医師でもお抱え聖女でも使えるが、貧しい人にはそんなことは出来ないのだから。
エリンさんに案内されて広場に向かうと、そこには着の身着のまま逃げてきたらしい人で溢れていた。騎士がその周辺を守っているが、治療をするとかいう訳ではなさそうだった。
「エリン!」
誰かがエリンの名を呼ぶと、皆の視線が一斉に彼女に集まった。
「無事だったんだね!」
「姿が見えないから逃げ遅れたのかと思ったよ!」
「アレンは? あの坊やは無事なのかい?」
彼女はかなり慕われていたらしい。口々に彼女の姿に安堵の声を上げていた。アレンも無事だと言うと皆が安堵するのが伝わってきた。
「さぁ、治療しますから。重傷の人はいますか?」
「ああ。だったらパン屋のドルーが!逃げ遅れて焼け落ちた梁の下敷きになったんだ」
「ドルーさんが?!」
彼らの声にこたえてエリンさんが、ドルーさんという人の元に向かった。まずは彼女の力を見せてもらうことにした。聖女の力の使い方を、私はよくわかっていないからだ。連れて来た護衛やクレアに、水や干しパンなどを配って貰いながら、私はラリー様と一緒にその様子を見せて貰った。
エリンさんは眠っているドルーさんの手を取ると、そっと目を閉じた。目には見えないけれど、あれは力を送っているのだろう。二十を数えるほど経っただろうか。すっと目を開けたエレンさんが手を離すと、ドルーさんが目を覚ましたようだった。周囲でワッと歓声が上がった。
「やり方はシアとあまり変わりなさそうだね」
「そう、みたいですね」
どうやら力の使い方に大きな違いはないらしい。そう言えばメアリー様もあんな感じだったな、と思い出した。




