セネット侯爵家
数日後、私は王都のある場所にラリー様と来ていた。ここは私の生家、そう、セネット侯爵家の屋敷だった。今は王家が管理人を置いて管理してくれていると聞く。私は陛下に許可を得て久しぶりにその門を潜った。
「ちゃんと管理されているみたいだな」
「ええ。有難いですわ」
ヘーゼルダインにいては王都の屋敷の管理もままならない。イザートたちに頼むことも考えたけど、家門は全く別だし、別邸というには規模が大きすぎる。それに、ここにある物の中には我が家に関する重要な資料になるものもあるのだ。簡単に他人に任せるわけにもいかなかった。
久しぶりの生家は、記憶のままの状態だった。祖母がいた頃はまだしも、最近はいい思い出が殆どなかった屋敷だからか、何だか実家に帰ったという感じが湧いてこなかった。
「ここが、執務室か」
「ええ」
祖母が生きていたころはよく出入りしていた執務室だったけれど、父に代替わりしてからは入ることは滅多になかった。たくさんあった厚手の書物が随分と減り、替わりに派手な装飾品が増えていた。享楽的で派手好きな父らしいと思う。
(そう言えば、あの隠し戸はどうなっているのかしら?)
ふと思い出したのは、祖母が使っていた隠し戸だった。誰にも知らせてはいけないと言われていたけれど、今はどうなっているのだろう。祖母のことだから父に教えていない可能性もある。
私は隠し戸があった棚に向かった。確か上から三段目の左側、その本の奥に表面からは分からないよう細工されている小さな扉があるのだ。
「シア?」
ラリー様が不思議そうに私に声をかけたけれど、ラリー様になら知られても問題ないだろう。
(開いた!)
「これは……!」
記憶を辿って開けてみると、昔と同じままでその空間はあった。決して大きくはない、棚一段の三分の一くらいの大きさの空間には、何枚かの手紙らしいものが残っていた。
「これは?」
「祖母が残した文書、でしょうか? 生前祖母から、誰にも教えないようにと言われていたのです。多分、祖母が亡くなってからは一度も開けられていないかと……」
中にある手紙を取ってソファに掛けた。一番上にあったのは……祖母から私への手紙だった。内容は、一人遺して行くことと父に関する謝罪が殆どで、祖母も父の育て方には想うところが多々あったことが伺えた。自分に厳しい方だったから、良かれと思ってやったことは、父にとっては逆効果にしかならなかった。そのことへの深い後悔が伺えた。
それ以外では、王家とやり取りした文書などで、その中に気になる記述があった。セネットの騎士に関するものだ。
「ラリー様、これって……」
「ああ。私のこと、だね」
そこに記されていたのは、セネットの騎士になった者の記録のようなものだった。何代前のものかもわからないけれど、騎士になった経緯やそのことへの歓喜と感謝、そして聖女への忠誠心が綴られていた。更には……
「やはり、離れていても怪我を治したり出来るみたいだね」
「ええ」
「それに、聖女の危機を感じとれると」
「はい。でも、具体的にどうやってわかるのでしょう?」
「そうだね、それに関する記述はやっぱりなさそうだね」
残念ながらここでも具体的なことは書かれていなかった。それでも、騎士だった人の想いが残されていて、ラリー様は自分も記録に残しているよ、と仰った。確かに後世の聖女たちの参考になるだろうから、記録に残すのはいいと思う。私も日記というほどじゃないけれど、聖女としての活動は記録しているし。
一通り手紙を見たけれど、外は王家とのやり取りなどで、特段気になるものはなかった。私たちはその手紙を元に戻して再び鍵をかけた。またこの家に戻って来た時、使うことになるだろう。それは私が青髪の娘を生んだ時になるだろうか。
その後は、我が家の聖女の記録らしい冊子を何冊か借りて行くことにした。ここで読んでいる暇がないからだ。王都にはいても、なんやかんやでやることは多いからだ。
「そう言えば、シアの部屋はどこだったんだい?」
そろそろ帰ろうかという時に、ラリー様にそう聞かれた。聞かれるだろうなぁと思っていたけれど、やっぱりそこは避けられなかった。
「私の部屋、ですか?」
「ああ。もし差し支えなければ見せて欲しいと思ってね。シアがどんなところで生活し、成長していたのか気になるから」
そう言って笑みを向けるラリー様に他意はないのだろう。ううん、私がここで冷遇されているとご存じだから、事実を確かめたいのかもしれない。別に隠すことでもないからと、私は懐かしいその場所に案内した。
「シア、ここは……」
案内された部屋の前で、ラリー様が戸惑いの声を上げた。それもそうだろう。だってここは使用人部屋のある一角なのだ。
「ここが、私の部屋だった場所です」
そう言ってドアを開けると、懐かしい景色がまだそのままに残っていた。ベッドにテーブルにイス、そして戸棚にクローゼット。それほど狭くはないけれど、貴族の子女の部屋は寝室が別になっているのが常だけど、私の部屋はそうではなかった。最低限の物しかないけれど、私が何年も過ごした部屋だ。祖母が生きていた時は主人たちの住むエリアに部屋があったけれど、祖母が亡くなってからはここに移されたのだ。
「冷遇されていたとは聞いていたが……まさかここまでとは……」
ラリー様が珍しく呆然としていた。私のことを聞いてはいても、ここまでとは思わなかったのだろう。私だってそう思うけど、あの人達にとって私は家族ではなかったのだ。
「シア、何があってもあなたは私が守るよ」
そう言ってラリー様が後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。それだけで心が凄く満たされるのを感じ、何だか泣きたくなるような熱い何かが胸に広がった。




