平民の聖女
寝たきりになっているエリンさんを癒すために力を送ったけれど、いつものような力が流れていく感覚は起きなかった。やはり私の力では過労は治せないらしい。
「どうですか?」
念のために尋ねてみたけれど、エリンさんも変化を感じなかったようで、申し訳なさそうに首を横に振った。
「そ、そんな……」
失望の声を上げたのはクレアだった。彼女にとって私は最後の頼みの綱だったのだろう。姉を案じる彼女は今にも泣きそうに見えた。
「少し、話を聞かせて頂いてもいいかな?」
そんな重苦しい空気の中で声を上げたのはラリー様だった。ラリー様の姿にエリンさんは一瞬見とれていたけれど、そうなった気持ちはわかる。そりゃあ、彼女達にとっては親子ほどの年の差があるけれど、ラリー様は精悍で若々しく見えるのだ。そんなラリー様が笑顔で話しかけてきて、呆けない女性なんてそうそういないだろう。
「あ、あの、私で話せる事でしたら……」
エリンさんが了解してくれたので、少し話を聞くことになった。ラリー様は何をきこうというのだろうか。そう思いながら私は、エリンさんに質問を重ねるラリー様の横でその様子を見守った。
「では、君は神殿で聖女として働いていたんだね?」
「はい、五年ほど、でしょうか……」
「五年前というと、大聖女が交代する前からだね」
「はい」
「姉さんは大聖女候補だったんだ!」
ラリー様の質問にエリンさんが答えていると、クレアが横からそう主張した。
「え?」
「そうか……」
ラリー様が質問したのは気になるところがあったからだろうと思っていたけれど、そういうことだったのか。エリンさんが大聖女候補だったということは……
「クレア、お客様の前よ」
「わ、わかってるよ。でも、本当なんだ、姉さんは最後まで大聖女候補に残っていたんだ」
「そうだったのね」
「でも、あいつらは、姉さんが貴族じゃないからって、大聖女には相応しくないって言って、選定の日の前に姉さんを無理やり働かせたんだ!」
「そうか」
どうやらラリー様には想定内だったらしいけれど、神殿のことは全く知らない私には何のことかわからなかった。そんな私にラリー様は、大聖女の選定の五日前からは候補者は力を使わないよう、その責務を免除されるのだと教えてくれた。これは聖女の力を計る儀式で力を最大限にしておくための措置で、この間は例え王族でも治療はしないと決められているのだ。
「でも、それじゃエリンさんは……」
「ああ、憶測でしかないが、確実に大聖女をリドリー侯爵令嬢にするため、かな?」
「そうだよ! あんな女よりも姉さんの方がずっと力が強いんだから!」
「クレア、そんなことを言ってはダメよ」
「でも姉さん、あの女は大怪我なんか治せないじゃないか。いつも軽い怪我人ばっかり相手にして、大怪我は平民の聖女に振ってばっかりで」
「それでも、大司教様がお命じになったのよ。それに怪我をして苦しんでいる方を放ってはおけないわ」
「でも……!」
クレアは納得出来ないようだったけれど、エリンさんはその事を苦にしていないように見えた。そもそも彼女は大聖女の地位を望んでいなかったのかもしれない。今の言葉からも、彼女は怪我人を癒すことの方を重視しているのも明らかだ。
「それで、エリン嬢が寝込んでしまったのはどうして?」
「それも神殿の奴らが姉さんに無理をさせたからだ! 聖女は一日に癒せる人数も決められているし、三日に一度は休みがあるのに、神殿は姉さんに仕事をおしつけていたんだ」
「クレア!」
「だって本当のことだろう? 姉さんが治した怪我もあの大聖女がしたことになっていることも何度もあったじゃないか!」
「でも、あちらは侯爵家のお嬢様だから」
「そんなの聖女には関係ないはずだろ? 第一あの女は平民の治療は絶対にやらないんだ。そんな大聖女、過去にいなかったって近所のばーちゃんも言ってたんだぞ!」
思わずラリー様と顔を見合わせてしまった。リドリー侯爵令嬢がそこまで横暴なことをしていたなんて。
「それに、姉さんみたいに無理やり働かされて身体を壊した平民の聖女は他にもいるじゃないか。あいつら、姉さんたちを自分たちの代わりをさせて金儲けしているだけだよ!」
クレアの言葉にエリンは驚いて諫めようとしたけれど、どうやらそれは間違いではないらしい。
「エリン嬢、もう少し詳しく話を聞きたいのだが……どうだろうか、暫く我が家で養生してみないか?」
「ええっ?!!」
「ラリー様?」
ラリー様の真意がわからず、思わず見上げてしまった。そりゃあ、こんな状態のエリンさんを放っておくのは心配だけど、こういう時、気に病む私を全ての人を助けられるわけではないのだからと思い止まらせるのがラリー様なのに。
「エリン嬢には他にも聞きたい事もあるしね。それに、聖女が力を使い果たして倒れるというなら、シアのことも無関係じゃないだろう?」
どうやらラリー様は、エリンさんよりも私が力を使い過ぎた場合の心配をされているらしかった。確かに今までは力を使い過ぎて倒れたことはなかったと思うけど……
「シアも困っている者がいたら見捨てないし、限界を超えても治そうとするだろうからね。でもそれを止めるのは守り人である私の役目だと思っているよ。そのためには聖女の力についてももっと知る必要があるだろう?」
ラリー様の言うことはもっともで、私はそれを否定出来なかった。確かに誰かが怪我をして苦しんでいたら、怪我のせいで一生が左右されるとわかっているから、治そうとするだろう。結局、反対する理由もなかったので、エリンさんたちは暫くタウンハウスで過ごすことになった。




