二人の姉
「お姉さんが……病気?」
子どもたちは大きい子がクレア、小さい子がアレンといった。てっきり二人とも男の子だと思っていたけれど、クレアは女の子だった。クレアは十五歳でアレンは十歳だが、二人とも痩せているせいか年よりも小さく見えた。
食事を食べ終わった二人のお願いとは、彼らのお姉さんの治療だった。彼らのお姉さんは寝込んでいて、日常生活もままならないという。怪我とかではなく過労らしいから、私の力で治るとは思わないのだけど……そうは言っても、とにかく一度でいいから見て欲しいと懇願されてしまった。
「ねぇ、クレア。私の力って怪我は治せても病気は治せないのよ?」
「わかっているよ! でも、他に手がないんだ」
「お医者様は何て?」
「医者なんかにかかる金なんかねぇよ」
「そ、そう。だったら、神殿は? 神殿では誰でも治療し……」
「あ、あんな金の亡者、信用ならねぇよ!」
最後まで言い切る前にクレアが大きな声を上げた。隣にいたアレンがびくっと体を震わせた。
「クレア、そんな大声を出したらアレンが怖がるわ」
「あ、ご、ごめん、アレン」
怯えた表情を見せたアレンを、クレアは安心させるように抱きしめた。口は悪いけれどクレアは弟思いらしい。アレンはさっきからずっと緊張が解けない。繊細なのか、それとも……私たち貴族が怖いのだろうか。
「神殿が、金の亡者? あそこは誰もが無料で治療を受けられるのですよね?」
「その筈だが」
ラリー様にそう尋ねると、ラリー様も同じ認識だった。私は神殿に行ったことはないけれど、そうだと聞いている。
「あ、あそこは……無料だなんて建前だ。寄付をしないと門前払いだから」
「ええっ? 寄付?」
「ああ。それもそれなりの額じゃないと何もしてくれないんだ」
「そんな……」
それはヘーゼルダインでメアリー様がやっていたことと同じではないだろうか。
「王都の神殿は、いつの間にか変わってしまったんだな」
ラリー様も眉間の間のしわを深めていた。珍しい姿に、こんな時なのにそんなお顔もかっこいいと思ってしまった。
「とにかく、神殿は当てにならないし信用ならないんだ。頼むよ、アレクシア様! 姉さんを助けて!」
そう言ってクレアは床に頭をこすりつけて頼み込んでしまった。隣ではアレンも真似をしているけれど……
「ラリー様」
「シアは行きたいんだろう?」
「え、ええ」
「そう言うと思ったよ」
「じゃぁ……」
「その替わり護衛を連れて行くこと。当然私もだ」
「ええっ? でもラリー様は……」
「妻を市井に一人で行かせるわけにはいかないよ」
きっぱり言い切ってしまったラリー様だったけれど、こうなっては絶対に同行しないと行かせてもらえないだろう。それでもこのまま放ってはおけないから、ラリー様の申し出は嬉しかった。
結局、そのままクレアのお姉さんを尋ねる事にした。彼らが何度も我が家に来るのは負担だろうし、今日はラリー様も急ぎの用事がなかったからだ。
「……ここが?」
平民の着る様な質素な服に着替えた私たちは、クレアたちが住む建物の前にいた。そこは古くてあちこちの壁が崩れて傷みが酷いところで、王都の中でも貧民街と呼ばれる一角だった。
「姉さん! 聖女の力を持つ人を連れてきたよ!」
クレアが古いドアを押し開けて中に入っていくので、私とラリー様はそれに続いた。護衛達は近くで待機だ。
「クレア、何を言って……」
ドアを開けた先には粗末なベッドがあり、そこには私と同じくらいの年の女性が半身を起こしていた。クレアに似た赤みの強い茶色の髪に薄緑の瞳で、顔立ちはクレアよりもアレンに似ているように見えた。
「あ、あなた方は……」
私とラリー様に気が付いた姉は警戒を露わにした。見も知らぬ者がいきなり部屋に入ってきたら普通はそうなるだろう。ベッドの上でも二人を庇うような姿勢を取る彼女からは、二人を大切に思っているのが感じられた。
「突然お邪魔してごめんなさい。始めまして、アレクシアと申します。こちらは私の夫です」
「あ、は、はじめまして。この子たちの姉のエリンです」
エリンは丁寧なお辞儀をし、クレアたちと違って礼儀作法を知っているようだった。クレアは元気があり過ぎるせいか、余計にそう見えるのかもしれないけど。
「あの、この子たちがご迷惑を……」
「ね、姉さん。そんなことないよ!な、アレクシア?」
「ええ。ご心配なく。二人はエリンさん、あなたを心配して私の元に来られたのです」
「私の?」
「ええ。あなたの身体を治して欲しいと、そう頼まれました」
「私の身体を?」
エリンさんにとっては思いもしなかったらしい。二人の顔を交互に見比べていた。クレアはどこか誇らしげに、アレンは不安そうにエリンさんを見つめていた。
「あの、私の身体を治すとは?」
「私は聖女の力があるんです。それで……」
「そうだよ、姉さん。アレクシアは凄いんだ。私の昔の怪我も一瞬で治したんだよ!」
「聖女の、力? 怪我って…・・」
エリンさんが訝しげな表情でクレアを見た。その視線に気付いたクレアは罰が悪そうな表情になってしまった。怪我をした事を彼女には内緒にしていたのかもしれない。
「あの、この子の怪我を治して下さってありがとうございます」
「いえ、お気になさらずに。あれはこちらにも非がありましたから」
「そんなことはないだろう? あれはクレアにも非があったんだから」
すかさず訂正したのはラリー様だった。ラリー様はクレアが当たり屋だと勘繰っていて、その点に関してはまだ彼女を許していないらしい。
「あ、あの、申し訳ございません。妹がご迷惑を……」
「いえ、その件はもう気にしないで下さい。ラリー様も」
「だがシア……」
「それを言いだしたら話が進みませんから」
確かに大事な事かもしれないけれど、今その話をしたら堂々巡りになりそうだ。それに、体調が悪いエリンさんに余計な心配をかけない方がいいだろう。ラリー様もわかってくれたのか、まだ何か言いたそうにはしていたけれど、それ以上何も言わずにいてくれた。
「それじゃ、ちょっとよろしいですか?」
「え? あ、あの、でも、私のこれは聖女の力では……」
「やってみないとわからないので、送るだけ送ってみますね」
そう言って私はエリンさんの手を取って、そっと力を送った。




