大聖女からの糾弾
ラリー様が離れたところにやってきたのは、ガードナー公爵令嬢だった。ラリー様の色で固めたドレスをゆったりと着こなし、余裕のある表情を浮かべていた。ラリー様が今日、紫のドレスを選んだ意味が伝わっていないのだろうか…それに…王太子殿下との会話も…
「これはガードナー公爵令嬢、お久しぶりでございます」
そうは言っても、知らん顔をするわけにもいかず、私は立ち上がってカーテシーをした。公爵家とは言え令嬢でしかないパトリシア様と、セネット侯爵家の当主の私では、立場上は私が上なのだけど…今はヘーゼルダイン辺境伯の妻でもある。向こうもその名で呼んだので、ここは相手を立てた方がいいだろう。
「夫人にお礼を言いたくて参りましたの」
「お礼…ですか?」
お礼を言われるような覚えはなく、私は困惑した。謝罪なら分かるけれど、お礼などと…一体何を言うつもりなのだろうか…
「ええ、ラリー様との事で」
「ラリー様の?」
直に愛称で呼ぶのを聞いて、私はざらりとした嫌な感じを覚えた。妻の私の前で、夫の愛称を呼ぶ事がどういうことなのか、この方はわかっているのだろうか…そして、それが自分だけでなくラリー様をも貶める事を…
「ええ、ラリー様と会う事を了承して頂いたとか。そのお心の広さに感動いたしましたわ。さすがはセネットの聖女と呼ばれるお方ですわね」
またしても嫌な予感は嫌な確信に変わった。まさか本人が直々に、こんな人目のある場所で行ってくるとは思わなかっただけに、ラリー様と離れたのは失敗だったかもしれない。もっとも、何れは機会を伺ってやってきただろうけど。
「一つ、申し上げておきたい事がございますの」
「まぁ、何ですの?お心の広い奥方様のお願いでしたら、出来る限りの事は致しますわ」
「何を勘違いされていらっしゃるのかは存じませんが、その件に関して、私、了承しておりませんわ」
「な…何ですって。でも…ジョージアナ様が…」
やっぱり、リドリー侯爵令嬢は私の話を聞いていなかったのだ、と確信した。いや、わかった上でやっているのかもしれないけれど…彼女たちの狙いは私とラリー様の間に波風を立てる事なのだろう。
「リドリー侯爵令嬢にもはっきりと申し上げましたわ。そのようなお願いはお聞き出来ませんと」
「そんな…」
「その様な事を仰られては、ご自身の品位を貶めますわ。特に王妃様はそのような事をお嫌いになられますのに」
「でも…」
あまり王妃様の名を出したくはなかったけれど、これくらいはお許しいただけるだろう。実際に王妃様は不実な振る舞いにはお厳しいお方だ。こんな事が耳に入ったらご不興を買うのは間違いない。
「まぁ!アレクシア様は血も涙もないのですわね!」
これで理解して下さったかと思ったところで、別の方角から甲高い声が響いた。声の方を見ると…そこにいたのはリドリー侯爵令嬢だった。
「パトリシア様は国のために隣国に嫁がれた御方ですのよ。隣国でご苦労をなさっていらっしゃった間も、昔の恋をずっと胸に秘めて耐えていらっしゃったのです。そんなパトリシア様の献身があったからこそ、我が国はこうして安泰なのですわ。ですのに…そのような冷たい事を仰るとは…」
リドリー侯爵令嬢のあまりの剣幕に、近くにいた貴族たちも何事かと注目し始めた。全く、こんな人前でなんて事を言い出すのかと頭を抱えたくなった。
「パトリシア様とローレンス様はお互いにずっと、もう十年以上もの間、想い合って来られたのですわ。それに、パトリシア様は妻にとは望んでいらっしゃるわけでもありません。ただ…時々昔の話をする時間を…と、それだけをお望みですのに…どうしてそんなに冷たい事を仰るのです?」
「でも…」
「何も不貞をすると言っているわけではありませんのに。やはりアレクシア様は噂通りの御方ですのね」
「噂通り?」
「ええ、エリオット様との婚約破棄も、アレクシア様が至らず、エリオット様に見限られたというではありませんか。でも、王子妃教育を受けていたから王族に嫁がせなければならないと、ローレンス様との結婚を仕方なしに命じられたとか」
「それは事実とは違いますわ」
「まぁ、ご本人は何とでも仰るでしょうね。でも、セネット家の者でありながら、その様な冷たいお心の持ち主だったとは…聖女の家系が台無しですわ」
ああ、そう言う事か…とようやく私にもリドリー侯爵令嬢の意図がはっきりしてきた。彼女はラリー様が言っていたように、セネット家から聖女の地位を自分の家に変えようとしているのだ。
「そもそも、聖女の力もない者が、聖女の名を頂いているのがおかしいのですわ。ただ名ばかりのセネット家よりも、大聖女である私の実家でもあるリドリー家の方が相応しいのではありませんか?」
「それは国王陛下がお決めになる事ですわ。我が家が聖女の名を頂いているのは国王陛下のご意志ですから」
「まぁ、では、国王陛下から我が家へ変えて頂いても構わないと?」
まさかそう来るとは思わなかったけれど…国王陛下がそのような事をお許しになるとは思えなかった。もしそうなら、とっくの昔にセネット家はなくなっていただろう。国王と同等の地位であるセネットの聖女は、一方で王に膝をつかない唯一の存在で、目障りだと思われた事もあったのだ。
「いい加減にしたまえ、リドリー侯爵令嬢」
どう反論しようかと考えていた私の耳に、聞き慣れた声が響いた。




