ガードナー公爵令嬢からの手紙
リネット様とのお茶会の後、私の元に一通の書状が届いた。誰からかと思って中を確認すると…それはガードナー公爵令嬢からの物だった。しかも、内容が…
「まぁ、ラリーお義兄様との関係を認めて下さってありがとうございますですってぇ!」
手紙を読み上げて貰うようにユーニスに頼んだのだけど…呼んだ途端、ユーニスの怒りの声が室内に響き渡った。いつの冷静で淑女然とし、滅多に大きな声を上げたりはしないユーニスがここまで怒るなんて…珍しいというか、希少な事だった。
「あの女狐…よくもアレクシア様にこんな事を…!」
正に怒りに震えるとはこういう様を言うのかしら?そう思えるほどにユーニスの怒りは凄かった。それはもう、私が怒るタイミングを失うほどに…
でも、それも納得だと思えるほどに、ガードナー公爵令嬢の言い分は非常識だった。
「リドリー侯爵令嬢にはきっぱりと断ったのに…」
「でも、あの後も散々二人の恋こそが真実の愛だと説いてきていましたから…きっとアレクシア様が話を聞いた事で納得したのだと思い込んだのではありませんか?」
「まさか…」
そうは思うのだけど、ガードナー公爵令嬢からの手紙はその説を肯定するものでしかなかった。
「これは…ラリー様に相談する必要がありそうね」
これはちゃんと話しておかないと…またお仕置きされる案件かもしれない、と私は思ったのだ。私の不祥事でもないだろうに、言わなかっただけでお仕置きなんて理不尽だと思うのだけど…
だからと言ってラリー様にお仕置きをする気もない私は、ラリー様に話をする事にした。相手は侯爵家と大聖女様だから、私一人の手には余る内容でもあったからだ。
「ガードナー公爵令嬢から?」
「ええ、この様なお手紙が…」
帰ってきたラリー様に私は、さっさと相談する事にした。勿論お仕置きを回避したかったのもあるし、これ以上自体がややこしくなるのを避けたかったのもある。大元はラリー様の問題なのだから、解決するにもラリー様の力が必要だろう。それに…こういう貴族間の噂や駆け引きが私は苦手なのだ。
私への文に目を通したラリー様は、読み終わるとため息をついた。その様からは、呆れや戸惑いが感じられて、ラリー様としても困ったと感じているのだろう事が伺えた。
「正直に打ち明けてくれてありがとう、シア」
「いえ…私も、どうしていいのかわからなかったので…」
「…すまないね、シア。こんな事で心配をかけて」
「いえ、ラリー様のせいではありませんから」
実際、ラリー様のせいではないだろう。これに関しては、ガードナー公爵令嬢やリドリー侯爵令嬢が暴走しているだけのような気がするのだ。どうしてそんな事になっているのかはわからないけれど…
「この事はご存じだったんですか?」
「…そう、だね。王都に来てから宰相たちから聞かされたよ」
「宰相様に?」
私は驚きを隠せなかった。だって、お二人が恋仲だという事が、そんな上層部にまで伝わっていたなんて思わなかったからだ。それでは…ガードナー公爵令嬢の純潔の件はどうなのだろう…
「あの…ラリー様はガードナー公爵令嬢とは、その…」
「ああ、彼女とは神に誓って何もなかったよ」
「そう、ですか…」
「どうしてそんな事を?」
「だって…ガードナー公爵令嬢は…純潔をラリー様に捧げたと…」
「はぁ?なんだそれ?」
これはラリー様もご存じなかったらしく、珍しく慌てた表情を浮かべられた。それは正に想定外だったと言わんばかりだったけど…私はその態度に何もなかったのだと確信して…安堵した。
「でも…リドリー侯爵令嬢がそうだと。お二人は真実の愛で結ばれていたと…」
「馬鹿馬鹿しい。私は彼女に指一本触れた事はないよ。夜会でダンスを踊った事すらなかったし」
「そうなんですか?」
「ああ。彼女が婚約者筆頭だと言われていた時期はあったけど、それもほんの僅かな間だったんだ。直ぐにパーセルとの縁談がまとまったから」
「ええ?じゃ…どうしてお二人はこんな事を…」
「その意図が分からないな…こんな事が公になったら、国際問題にもなりかねないし…」
ラリー様の言葉に、やっぱり大変な事だったのだと私は改めて思った。これが広まったらパーセルとの関係が悪化するのは必至だし、ラリー様の立場にも影響が出かねないのだ。どうしてあのお二人はこんな危険な事を吹聴しているのだろう…
「シア…話しておきたい事があるんだ」
驚きが引いた後、ラリー様は神妙な表情でそう切り出した。
「そんな事が…」
ラリー様の話は、リドリー侯爵と大神官にまつわる話だった。大聖女の父親でもあるリドリー侯爵が、自分の娘が大聖女になったのなら、セネット家の聖女の称号を自分達に渡すべきだと言っているのだという。それに大神官が賛同しているのだと。
「でも、セネットの聖女は世襲で…」
「ああ、そうなんだ。建国の混乱を治め、初代の王に仕えた初代聖女の実績から、当時の王がセネット家に聖女の称号を与えた。だから大聖女を一人出したくらいでそんな事を言える筈もないんだ」
「では、どうして…」
「それは…言い難いんだが、セネット家の最近の不祥事に関わっているだろう。君の父君たちの不祥事のせいで、セネット家の威信が損なわれてしまったからね」
「父が…」
その事に関しては、間違いのない事なので否定のしようもなかった。元よりセネット家は役職というよりも聖女の血筋という一点で成り立っていたのだ。聖女と言うからには清廉さが求められるはずなのだけど、両親やメイベルがやった事はその真逆だった。今もセネット家は没落寸前で、陛下がセネット家を預かりとしているから存続している様なものだ。
そんな状態なら、セネット家の聖女としての立場を寄こせと言ってくるのは…容易いだろう。そもそも多くの貴族はエリオット様側について私を貶めていたから、私自身が軽んじられていたのは明白だ。そんな私なら…と思ったのだろうか…
「私の名が出ているのも…私とシアを引き離そうという、彼らの策略だろうね」
「引き離すって…でも、この結婚は…」
「そう、これは勅命による結婚だ。だからこそ、真実の愛なんてもので引き離そうとしているんだろうね」
ラリー様の言葉に、私はこの噂は私が思っていた以上に根深い事を知って、直ぐには言葉を発する事が出来なかった。




