事の真相は…
申し出を断られたリドリー侯爵令嬢は、その後もラリー様とガードナー公爵令嬢がいかに愛し合っていたか、二人の愛がいかに素晴らしいかを一方的に語ると、断ったにも関わらず二人をお願いしますと言って帰って行った。
「あれが大聖女ですか…」
「え?ええ…」
「不倫を推奨するような方が大聖女とは…この国は大丈夫なのでしょうか…」
「全くだわ…」
ユーニスが怒りよりも呆れの表情を浮かべたのは、余りにもあり得ない言動に毒牙を抜かれたせいだろうか。ああも自信満々に不倫を推奨されてしまうと、自分の感覚がおかしいのかと思いそうだった。
全く、どこの国に不倫を推奨する大聖女がいるのか…しかも、王子に嫁いだ公爵令嬢が純潔を他の相手で散らしていたなど、世間に知られたら国際問題にもなるというのに…
ラリー様の立場を思って、私が何も言わないと踏んでの発言なのかもしれないけど…それにしても迂闊すぎるだろう。
「アレクシア様、あんな戯言はお気になさらずに」
「ええ、ありがとう、ユーニス」
ラリー様は何もないと仰ったし、王族に嫁ぐ娘が純潔を失う意味を理解していないラリー様とは思えなかった。
でも…ガードナー公爵令嬢が嫁いだのは十年以上前で、ラリー様もお若い頃だったから、恋情に任せて…がなかったとは言い切れない。
私は実のところ、ラリー様の事はヘーゼルダインに来てからの事しか知らない。ラリー様がヘーゼルダインに養子に入ったのは私が十二歳の時で、王弟時代のラリー様の事は知らないのだ。
「シア、どうかしたか?」
「え?」
既に夕闇に包まれた頃に、ようやくラリー様が戻って来られた。今日はこれでも早い方で、数日ぶりに一緒に夕食を共にし、今は湯浴みも終えて夫婦の寝室で寛いでいるところに、急に声を掛けられた。どうやらぼんやりしていたらしい…その原因は…昼間のリドリー侯爵令嬢に言われた事だった。そんな事はないと思うけれど、もしかして…と思ってしまう自分がいたのだ。
「いえ、大した事では…」
「今日はリドリー侯爵令嬢が来たんだって?」
「え?ええ」
今まさに考えていた人物の事を指摘されて、思わずドキッとした。
「彼女と面識があったとは聞いていなかったが…」
「いえ、ありませんわ。急にいらっしゃったので私もびっくりしました」
私がそう答えると、ラリー様が僅かに眉をしかめた。何だろう…
「令嬢の用件はなんだったの?」
「それ、は…」
ラリー様にはっきり尋ねられて、私は直ぐにどう答えるべきかわからずに迷ってしまった。パトリシア様との仲はどうだったのですか?本当に愛し合っていたのですか?純潔を捧げたと言うのは本当ですか‥?
そう思うのだけど…それをストレートに聞くのも憚れた。何と言うか、プライベートに土足で踏み込むような気がしたからだ。いくら夫婦になったとはいえ、過去の事まで口を挟みたくはないのだけど…
「…っ、ラリー様…」
私がどう答えようかと考えていると、いきなり後ろから抱きしめられた。ラリー様も既に寝る準備が済んで夜着だから、身体の熱が直に伝わってきた。
「シア?」
「…っ」
耳元で囁くように名を呼ばれて、思わず身体がビクッとなった。いや、夫婦だし、そう言う事は何度も経験しているから今更なのだけど…心の準備がない状態でされるのはまだ慣れそうになかった。
「どうかしたの?何か言われた?」
「そ、そういう訳では…」
「そう?では、どうしてためらっている?」
「そ、そんな事は…」
ここまでくると、尋問を受けているような感じがしてきた。ラリー様は普段からお優しいけれど、時々尋問官になるから困ってしまう。こういう時は…洗いざらい白状しないと許して貰えないのだ。それだけならまだいい。実際には…ラリー様流のお仕置きが待っている。それだけは…阻止したいのだ。
「…という事がありました」
結局、洗いざらい白状させられてしまった。何だか負けた気がするけれど…今日はお仕置きだけは阻止したかった。
だって明日はリネット様からお茶に誘われているのだ。リネット様は近々婚約されて、その後は花嫁修業も兼ねて王都に留まられるし、私も領地に戻れば会うのは難しくなる。お仕置きをされたら、明日のお茶会に行けるかどうか…それが心配だ。
「なるほど…私がガードナー公爵令嬢と、ね…」
始めは苦虫を潰したような表情で聞いていらしたラリー様だったけれど、最後には薄く笑顔を浮かべていた。その笑顔が…何だか薄ら寒い気がするのは気のせいだろうか…笑顔なのにその感情は真逆にも見える。
「それで…シアはどうしてためらっていたの?」
「ためらってって…」
「こういう事は直ぐに私に確認する事だろう?」
「で、でも…ラリー様がそんな事をなさるとは…」
「思わなかったわけじゃないよね?そうだったら、直ぐに話してくれただろうから」
「な…」
「それに、あんなに沈んだ表情を浮かべたりもしなかっただろう?」
「そ、れは…」
しまった、と思ったけれど…後の祭りだった。ラリー様の笑顔が…一層深くなった。
「私のシアへの想いを信じてくれなかったとは…悲しい限りだよ」
そう言ってにっこり笑顔を浮かべたラリー様は、男性かと思うほどに綺麗で…妖艶だった。そしてそんなラリー様に私は…あの後、しっかりお仕置きをされてしまった。そりゃあもう、翌日起き上がるのが辛いくらいに。
「ああ、心配しないで。リドリー侯爵令嬢の言っている事は根も葉もない話だ。私はガードナー公爵令嬢を好ましいと思った事は一度もないからね。それに…今はシア一筋だ」
翌朝、ベッドに沈む私にそう言って、ラリー様は笑顔で執務に向かっていった。




