突然押しかけて来たのは…
その日の夜、私はラリー様の帰りを待ったけれど、お戻りになったのはかなり遅くなってからだった。
聞けば宰相様達との会合の後で陛下に捕まり、そのまま陛下も含めた重鎮たちとの話合いに参加させられた後で晩餐を共にし、更には軽く一杯…などと誘われて締まったのだとか。その間もずっと話はヘーゼルダインと隣国に関するものだったから、無下にも出来ず…だったらしい。
元々宰相にと望まれていたから、ラリー様の考えを宰相様達が聞きたがっているとは聞いていたけれど、相変わらずそちらの面でも人気がおありのようだった。
それだけなら問題ないのだけど…女性にも人気があるから厄介なのよね。しかも相手は高位貴族の女性だから対応も面倒ときたものだ。私という妻がいても、陛下の後押しがあっても、それでもあわよくば…と考える女性は後を絶たないのだ。
そして今日、新たな厄介事が飛び込んできた。
「申しわけございません、ヘーゼルダイン辺境伯夫人」
謝罪しながらも突然訪問したのは、何と大聖女でもあるジョージアナ=リドリー侯爵令嬢だった。殆ど面識がないのにアポも前触れもなくやってきた事に驚いたけど、大聖女となると無下にも出来ない。困ったとは思いながらも、対応するしかなかった。
ちなみに今日も、ラリー様は朝から登城していた。王都に来るにも半月ほどかかるので、この機会に出来る事は全てやってしまいたいのだろう。王城にはラリー様のお部屋が残っているので、こうなるとそちらに寝泊まりした方がよかったかもしれない…と思った。
「急に押しかけて申し訳ございません」
「いえ。それよりも、何か急ぎのご用でも?」
何とも、昨日ナタリア様に気を付けるように言われた人物の一人が、いきなり押しかけて来たのだ。私としても警戒心が湧いてくるのはどうしようもなかった。ユーニスは無表情でお茶を淹れてくれたけれど、かなり警戒しているだろう。
「ええ、その事なのですけれど…」
そう言いながらもリドリー侯爵令嬢は、全く申し訳なさそうではなかった。きっと大聖女として、普段から拒否されるという事がないのだろう。そう感じさせたのは彼女の優越感が滲む笑みだった。それは正に私相手にはこの程度の事をしても許される、そんな思惑が透けて見えたけど、私は気付かぬふりをした。どうせこれからの話は、きっとろくでもない事なのだろう、そんな気がしたからだ。
「パトリシア様の事なのですが…」
「ガードナー公爵令嬢が、どうなさいました?」
ああやっぱり…と、話の内容が想像出来てしまった。ナタリア様も仰っていた、ラリー様と恋人同士だったという噂だろう。この方もその噂を真に受けてきたのか、それとも…
「ええ、あの方はパーセルに嫁がれましたが…その前はヘーゼルダイン辺境伯の婚約者筆頭だったのです」
「ええ、主人からもそう伺っておりますわ」
あえてラリー様からも聞いているわよ、との意味を込めて笑顔でそう答えると、リドリー侯爵令嬢は一瞬怯んだ表情を浮かべた、ああ、私が知らないと思っていたのね。
「ご存じでしたか…」
「ええ、主人から伺いましたわ」
「そう。ではお話が早いですわ。奥方様にどうしてもお願いがあって参りましたの」
「お願い、ですか?」
「ええ。奥方様はご存じないかもしれませんが…あのお二人は実は愛し合っていらっしゃったのです」
「そう、なのですか」
ちょっと驚いたけれど、なるほど、ナタリア様が仰っていたのはこういう事なのだと理解した。返り咲きの薔薇と言うのは、パトリシア様の事を指していたのね。
「でも、パトリシア様に聖女のお力があったために、陛下の命で病弱だったパーセルの第三王子殿下にお輿入れされる事に…」
「そうですか」
「お二人は…どうしても離れ難く、一時は国を捨てる事もお考えになったと聞いておりますわ。でも…ローレンス様を案じたパトリシア様はその様な事は出来ないと…」
「……」
「ですが、最後の思い出にと、パトリシア様は純潔をローレンス様に捧げたそうです」
(ええっ?)
ラリー様は何もなかったと仰っていたけれど…そんな事が…私は直ぐには信じられずにいた。王家に嫁ぐには純潔は何よりも重視されるのに、そんな事がまかり通ったのだろうか…それに、ラリー様は本当にそこまでガードナー公爵令嬢を?
「そこまで純愛を通されたお二人のために…奥方様にお願いがございますの」
「お願い、ですか」
声が震えそうになるのを、必死で押しとどめた。ラリー様はそんな事はなさらないと思いたいけれど…ここまではっきり言われると本当なのかと思ってしまう自分がいた。それくらい、リドリー侯爵令嬢の言葉は揺るぎなかった。
「ええ。せめて王都にいる間だけで構いませんの。お二人が二人でお会いする事をお認めになって頂きたいのです。いえ、勿論、不貞をするわけではありませんわ。時々二人きりでお話する時間を頂ければ…と」
「……」
何と…大聖女でもあるリドリー侯爵令嬢のお願いは、控えめに言っても不倫を黙認しろというものだった。しかも結婚したばかりのこの時期に、妻の私に対して。あまりにも身勝手で不道徳なお願いだけど、本人はそんな風には思っていないらしかった。
「お断り、致しますわ」
「え?」
私がそう告げると、リドリー侯爵令嬢は驚いた表情を見せたけれど…それはこちらの方だろう。夫の不貞を見逃せだなんて、そんな事を言う神経が理解出来なかった。
「お、奥方様はローレンス様がお気の毒ではありませんの?!」
「お気の毒とは?」
「だ、だって、ローレンス様が愛しているのは、パトリシア様ですのよ?貴女よりもずっと昔から愛し合っているお二人ですわ…なんて酷い事を仰るのですか!」
どうしてそんな事が断定できるのだろうか…そこが私は不思議だったのだけど…リドリー侯爵令嬢は私の感覚がおかしいと言わんばかりの剣幕だった。




