ユーニスとその実家
王都までの旅程は、予想以上に順調だった。幸いにも嵐に遭う事もなく、夜盗などの襲撃もなく、王都の屋敷に着いたのは到着予定日の翌日だった。馬車での移動だから、一日の遅れで済んだのは破格に幸運だったと言えるだろう。しかもこの時期、ヘーゼルダインの周辺は雪解け水で川が溢れかかっている事も多く、雨が降ると数日足止めを食らう事も珍しくないのだ。
王都のヘーゼルダインの屋敷は、前回来た時とほとんど変わりなかった。今もイザートとキーナンが王都の屋敷を切り盛りし、私達が過ごしやすいようにとあれこれ手配してくれていた。今回は直ぐに陛下主催の夜会があり、私たちの結婚を披露される重要な場だ。この様な機会を経てようやく夫婦と認められるのだから、どうしても気合が入るのは仕方ないだろう。
夜会用のドレスは既にヘイローズが手配してくれて、他の夜会用のドレスなどと一緒に持ってくる事が出来た。今回のドレスも彼女のセンスが光る秀逸な作品だと思う。特に結婚を披露される夜会は特別なものだからと、彼女が一際張り切っていたのだ。
その夜会は十日後なのだけれど、王都に着いた翌日には私達は陛下に謁見をお願いして、ロバートをテイラー子爵家の養子とする旨を裁可して頂く事にした。ラリー様のお願いとなれば難なく通り、即日ロバートはロバート=エヴァンズからロバート=テイラー子爵令息となった。領地に戻れば直ぐに爵位を譲り受ける準備に入るだろう。
王妃様にもお会いして、ユーニスの結婚を報告したら…大変驚かれたけれど、心配していたからよかったと安堵された。
「そうなのね…ユーニスがとうとう…」
「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
「いいのよ、王都じゃないのが寂しけれど…ユーニスがいいと思える相手が一番ですからね。おめでとう」
「ありがとうございます」
残念ながらロバートは身分的に王妃様にお会い出来る立場ではなく、連れてくる事が出来なかったけれど…後日ラリー様の従者として王宮に伺候する予定だと言う。その時を楽しみにしているわ、と王妃様が笑みを浮かべられたけど…
しっかり値踏みされるのは疑いようがなかった。頑張れロバート、と私は心の中で応援するしか出来ないけれど、お眼鏡に適えば援護射撃も期待出来る筈だ。いくら身分差があるとはいえ、陛下や王妃様が気に入ればトイ伯爵も反対し続けることは難しいだろう、との期待もあった。
ロバートがエヴァンズ家子息となった翌日、ユーニスは実家の父に、会わせたい人がいると連絡を入れた。もう何年も最低限の連絡しかしていなかった娘からの連絡に、トイ伯爵は直ぐに返事を返し、二日後に家に来るようにと言ってきた。
二日後、ユーニスはロバートと共にトイ伯爵家に向かった。そして私はラリー様と一緒に少し遅れてトイ家に向かった。まずはロバートとユーニスがトイ伯爵に話をして、結婚を了承してくれるようにと話をする。そこで話がまとまれば問題ないが…そうならなければ私たちの出番になるのだ。
トイ伯爵の性格からして、ユーニスも私もラリー様も、簡単には了承しないのは目に見えていた。彼は未だにユーニスを金持ちの貴族に嫁がせる計画を諦めていないからだ。
遅れて到着した私達は、ユーニスの母親に先に連絡しておいたように、客間の隣の部屋で事の成り行きを見守る事にした。ユーニスの母は夫のやり方に反発していたし、ユーニスとの仲も悪くなかったため、ユーニスは事前に母親に事情を話して協力してくれるように頼んであったのだ。
「馬鹿馬鹿しい!許さんぞ、ユーニス!」
話し合いがはじまって暫くすると、予想通り伯爵の怒鳴り声が屋敷内に響いた。やはり予想した通り、伯爵はロバートとの結婚には反対したのだ。彼が有能かどうかなど、伯爵には関係ない。彼にとっては爵位と財産が全てなのだから。それは事前にわかっていたので、ここまでは想定内だった。
「たかが子爵家になど…第一、辺境だと?!わしはそんなところに行くのも反対していただろう!勝手に辺境に行って、結婚するから認めろなど、ふざけるのも大概にしろ!」
「お父様、辺境行きは王妃様のご命令ですわ。それをお忘れですの?」
「…っ、そ、それは…」
「それに、この結婚は国王陛下も王妃様もご存じです」
「な、何だと…」
「先日、王妃様にご挨拶に伺った際にご報告して、おめでとうとのお言葉も賜っておりますわ」
「な…何を勝手な事を…」
どうやら隣室ではユーニスと伯爵が言い合っているようだった。二人は昔から考え方が合わずに喧嘩していると聞いていたけれど…ユーニスが言っていたのは大げさではなかったらしい。そして、やはり弁が立つユーニスの方が上手だ。
「セネット侯爵様にお仕えするのは国王陛下と王妃様のご意向です。先日、ヘーゼルダイン辺境伯様の結婚披露パーティーに国王陛下がご出席なさいましたが、その際に陛下からもセネット侯爵様とヘーゼルダイン辺境伯様の事をくれぐれも頼むとお言葉を賜りましたの」
「馬鹿な…陛下が…辺境になど…」
「この話は殆どの貴族がご存じですわ。パーティーで直に陛下にお会いしているのですから当然でしょう。お父様はご存じなかったのですか?」
「……」
「陛下のご意向にお応えするためにも、私は王都に戻るつもりはありません」
「何と勝手な…」
「では、陛下にそう奏上なさって下さい」
「…っ」
どうやらトイ伯爵は、ユーニスが私に付いてきたのは、王妃様のご指示だと言う事を忘れていたみたいだ。それに、滅多に謁見が叶わない陛下達とユーニスが親しくしているのも気に入らないのだろう。そういうプライドは無駄に高い人だから。
「…勝手にしろ!お前など勘当だ!もう私の子ではない!」
その後もやり取りが続いたが、最終的にトイ伯爵が選んだのは、結婚を認める事ではなく、ユーニスを勘当する事だった。勘当は貴族の子女にとっては最も重い罰でもある。勘当された子女は貴族社会では白い目で見られるし、それは平民になるのと同義語だ。だからどんな事があっても貴族の子女は当主の命令には絶対服従するしかない。これは貴族の秩序を守るためには仕方のない事なのだけど…
「たった今からお前は平民だ。ふん、どうだ、そこの男、これでもこいつを妻にと望むか?」
嘲笑を含んだ声が、私達の部屋にも届き、私はラリー様と顔を見合わせた。




