元王子たちの出発
結婚披露パーティーから三日も経つと、殆どの貴族はヘーゼルダインを後にして自身の領地に戻った。というのも、この一月後には王都で陛下主催の夜会があるため、それに参加する為の準備などが迫っていたためだ。
一旦領地へ戻る者、このまま王都に行く者などそれぞれだけど、ここから王都までは馬車で半月かかるので、のんびりしている余裕はなかった。そんな私達も、今回の夜会では陛下から結婚したとお披露目されるのが決まっているので、早々に王都入りする予定になっていた。
前回の王都行きは、夜会に出た後に結婚式を控えていたからのんびりしている時間はなかった。それでもエリオット様や家族の事があって予想以上に長い滞在となり、慌ただしく領地に戻ったのだ。
でも今回は、せっかく行くなら余裕を持って行こうと言う話になった。隣国の脅威も今は落ち着いているし、隣国の王は体調がすぐれないのは本当らしく、我が国にちょっかいを出している余裕はなさそうにみえる。
「それに…新婚旅行にも行けていないからね。どうせなら王都に長めに滞在して、色々回ってみたい」
やけに楽し気にそう話すのはラリー様だった。私が王都にいた時は殆ど街に出た事がなかったと話したら、それなら色んなところに行ってみよう、と言って下さったのだ。王都にいた頃は王子妃教育とエリオット様の手伝いで遊ぶ間もなく、家と王宮の往復の日々だったと言ったら、それはよくない、是非私と出かけようと。
それに…家族が追放になったのもあり、実家が気になったのもある。今は陛下が指定した管理人が家を守ってくれているけれど…一度実家に行ってみたかった。いい思い出が少ない実家ではあるけれど、祖母と過ごした頃は楽しい思い出もあった。今どうなっているのか、様子くらいは見に行きたかった。
王都へは、ロイ達がアンザスに発った翌日、披露パーティーから十日目に出発する事になった。ロイの門出は私も見送りたかったし、ラリー様達の方でもロイとの打ち合わせがあると言う、彼には他国の情勢を探って貰う仕事をお願いしているから、それに関しての詰めの話し合いがあるのだと言う。
彼のためにも、ローズのためにも、この門出がいいものである事を祈りたい。王族という身分を捨てた彼らだったけれど、既に何人もの王子が父である国王から粛清されているのだ。二人にとってはそんな危険な立場にいるよりも、平民として穏やかに過ごした方がずっとよさそうに思えた。ロイの力量なら生活に困る事もないように思える。
それにここ一月ほど、あの二人は商団に同行する夫婦の家に滞在して、平民として必要な事を身に着けていた。確かに商団の中では、自分達の身の回りの事は自分でする必要があるし、それらは実際に体験しないとわからない事も多いだろう。夫人は子供好きな人らしく、人見知りが激しいローズも少しずつ笑顔が増えていると言う。この旅が彼女にいい影響をもたらして欲しいと思う。
彼らが出立する朝は、ひんやりとした春の寒さに満ちていたが、青い空が広がっていた。旅立ちにはうってつけの天気だろう。ロイは騎士のような服装で、ローズは年相応の幼児らしい旅服で、可愛らしい服に普段は表情が乏しいローズにも微かな笑顔が浮かんでいた。体調も回復したようで、今では頬が赤みを帯びてとても元気そうだ。
夫人に随分懐いているようで、夫人の手を握って離さない姿は、本当の母娘のようだ。夫人は三人の子がいるが既に成人しているらしく、ローズを実の子か孫のように可愛がってくれているという。
「ロイ、気をつけて」
「はい、辺境伯様。多大なる配慮を頂き、ありがとうございます」
「そんなに畏まられると…調子が狂うんだが…」
「ははっ、でも仕方ないでしょう。私は今や一介の平民ですから」
「そうは言ってもな…」
そう言って苦笑するラリー様に、ロイは笑いをこらえているのが見えた。悪戯好きというか、人を食ったような態度を楽しむ彼らしい。それでも、二人の間には以前よりも気安い空気が流れているように見えた。
「アレクシア様も、どうかお元気で」
「ええ、ロイもお気を付けて。ローズも…元気でね」
しゃがみ込んでローズの視線に合わせて声をかけると、こくっと頷いた。子供なりに賑やかしい空気を感じ取っているのだろう。でも、ロイと夫人がいるから不安はなさそうに見える。事前にロイたちから旅の楽しさを聞かされているので、むしろ好奇心が勝っているのかもしれない。
旅の一団は平民ばかりだけど、結束が固くて仲間同士の気安い空気があるので、ローズも馴染んでいけそうだ。家族で行商をしている者はそれなりにいるので、ローズ以外の子供も数人いる。彼らがローズにいい影響を与えてくれることを祈りたい。
「これ、ローズにあげるね」
そう言って私は彼女に、子ども用のショールを渡した。まだ朝晩は寒いから、何か羽織るものがあってもいいだろう。軽くて暖かく肌触りのいい生地を使ったものだから、邪魔にはならないと思うし、子どもは優しい手触りのものが好きだ。私も祖母に貰った柔らかい肌触りの毛布をずっと大切にしていた。さすがに毛布は邪魔だろうけど、これなら何かと役に立つだろう。
「お父さんの言う事を聞いて、元気でね」
目線を合わせてそういうと、ローズは戸惑いながらも頷いた。まだ言葉が思うように出ないみたいだけど、この様子ならいずれは話が出来るようになるだろう。最後に握手をして、ついでに力を送ったけど秒で切れたから体調もいいらしい。後は彼女の人生が楽しく幸せなものになる様に祈るしかない。
「どうかお気を付けて」
「多大なるご配慮に感謝します。奥方様もお元気で」
ローズの手を引きながらそう告げたロイは、以前のような斜めに構えた陰のようなものは見当たらなかった。彼なりに色々と吹っ切ってこの運命を受け入れたのだろう。王族に生まれた彼が、平民になって知らない国に行く事に不安はあるのだろうけど、彼にはローズという大切な存在がいる。彼女のためなら彼はきっと色んな事を乗り越えて生きてくれるような気がした。
私は彼らの姿が見えなくなるまで、ずっとその後姿を見送った。




