教会と王家とセネット家
結婚披露パーティーは恙なく終わった、と思う。予想外に陛下がいらしていたお陰で、招待客も緊張を強いられていたのだろう。羽目を外す者もなく、予定の時間通りに終わった。
陛下の存在が知れてからの貴族たちの態度は、二分されたように見えた。今までと変わらない者と、明らかに変わった者に。
そして後者はやたらと親し気に声をかけてくるようになった。陛下とラリー様の仲の良さが改めて知れたため、ラリー様と親しくなろうとする者が現れたのだ。それでも、そんな事を意に介するラリー様でもなく、今まで通りに笑顔で素っ気なく対応していた。こういう人の顔を窺う者は信用出来ないからというのがラリー様の言で、私もそれに関しては同感だった。
そんな中、突然やって来た陛下は、視察だ何だと言って街や国境近くに出向いていた。隣国との関係は相変わらずで、良くも悪くもない。ただ、秋には国境を超える事変もあっただけに、陛下もここの警備を見直すおつもりだと仰っていた。
国としても、今大きな問題になっているのは隣国との関係だけど、陛下がわざわざいらっしゃった一番の理由はここにラリー様がいらっしゃるからだろう。陛下はラリー様をとても大切に思っていらしたから、辺境にいる事を心苦しく思っているのかもしれない。本来ならば宰相にと思われていたのだから。
ただ、ここに私が来た事で、怪我などの心配は大きく減ったのも確かで、今にして思えば陛下はエリオット様の愚行に乗じて、私をラリー様の側にと思われたのかもしれない。私の力があれば、大抵の怪我は問題ないのだから。
そんな中、私は陛下にセネット家の聖女についてもっと詳しく聞きたいとお願いした。紫蛍石の事もある。当主の証の石は赤く家紋が浮かんでいるし、それと対の小さな石はラリー様の喉元に癒着しているように見える。ラリー様は痛みも何もないから問題ないと言っているけれど…本当かどうか確信が持てないから心配なのだ。
「何とまぁ…ラリーが守り人に…」
春の柔らかい日差しが入り込むサンルームで、ラリー様の喉元の紫蛍石を目の当たりにした陛下は、感心したようにしげしげと石を眺めていた。石が人の肌にくっ付いて離れないなんて、確かに珍しいだろうなと思う。あの後私も石を外そうと試みたけれど、意外にもしっかりくっ付いて外れないのだ。
「身体に影響は…」
「それはないだろう。詳しい事はわしも知らないが、今までに守り人になった者が石のせいで何かしたという話は来た事がない」
「そうですか」
「私としては光栄な話ですよ。シアを守る役目を他の者に譲る気はありませんから」
「ラリーがそういうのなら問題ないだろう」
ラリー様も陛下も、それで納得されてしまったけれど…それでいいのだろうか…どうやら陛下もラリー様に託した文書以上の事はご存じなかったみたいだけど、陛下は私の心配をよそに、私達の仲がいいのは喜ばしいと仰るばかりだった。
「兄上、一つ気になる事があるのですが…」
「なんじゃ?言うてみよ」
「教会の動きです」
「教会?」
「ええ。先日の披露パーティーにリドリー侯爵令嬢が来ていた。大聖女になった者が王都を離れるなど異例なのに」
「ああ、わしも気になった。確かにリドリー侯爵令嬢なら参加する資格はあるが…彼の者が大聖女になった後で王都を離れるのは珍しいな」
先日メアリー様の一件があったばかりなので、こちらとしても大聖女の訪問は意外でしかなかった。しかも事前に連絡はなかったのだ。当主が来るとばかり思っていたら、来たのは跡取りや令嬢だったなんて事は珍しくはないのだけど…
「王都ではシアの話はどう広がっています?」
「シアの、か…そうだな、お主が夜会で聖女の力があると言ったせいで、興味を持った者がいるのは否めない。ここでの活躍もだ。先日の隣国の襲来もあってヘーゼルダインが話題になる事も珍しくないしな」
「…やはり、あれは失言でしたか…」
「シアの力の事か?だが、隠したところでいずれは広がるものだ。先に言っておいて正解だろう」
「だといいのですが…」
ラリー様は何か気になる事がおありのようだった。私は教会の事は殆ど知らないから、それがどんなものは想像もつかないのだけど。
「教会はセネット家の下にある存在だが、長い年月でその事を忘れている者がいるのも確かだ」
「は?」
「え?シアは知らなんだのか?」
「え?ええ…それは今初めて聞きましたが…」
まさか教会がセネット家の下?そりゃあ、聖女の始祖はセネットの聖女だったのは有名な話だけど、教会が我が家の下というのは初めて聞いた話だった。建国以来の名門とは聞いていたけれど…教会の上って…
「シアという初代に匹敵する力を持つ聖女が現れたのなら…一悶着起きる可能性はあるな。教会は自身の力を誇示しようと躍起だからな」
「そうですね。聖女の力も最近は弱まっているとも言いますし…」
「ああ、今の大聖女も先代に比べると力が弱いと聞く。もしかしたらシアの方が上かもしれぬ。そうなればあ奴らの立場が危うくなるからな」
「そんな…」
教会は民を導くという意味では、王家と対になる存在だ。清廉潔白をよしとしているとも聞くけれど…話を聞くと何だか物騒に聞こえてきた。私自身は教義は知っているけれど、教会に行く事も滅多になかった。セネット家も王家も、教会とは距離を取っていたからだ。
「大聖女が向こうから接近してきたのも気になる」
「ええ、私もです」
「シア、滅多な事はないと思うが…教会には気を付けるように」
「え?」
「自分達の権威を知らしめるためには、セネット家が邪魔だと考える可能性もあるからな」
「まさか…」
民を導く教会がそんな事をするとは思えず、私は言われた事が信じ難かったのだけど…
「シア、力を持つと言う事は、それを利用する者、逆に疎んじる者も生んだよ。シアの力は強いから、十分に気を付けて過ぎる事はないよ」
「そうじゃな」
ラリー様と陛下にそう言われて私は面食らったけれど…二人の様子からそれが大げさでも冗談でもない事が感じられて、私は益々信じられない思いが募った。




