友人の婚約
声の先にいたのは学園の同級で友人だったリネット様だった。彼女とは婚約披露のパーティーの後から文通が再開し、今では親しくやり取りしている数少ない友人の一人だ。
王太子妃候補の時期に暴漢に襲われた彼女は、足を負傷したのを理由に候補を辞し、領地に籠っていた。そんな彼女の傷は、あのパーティーの後に癒して歩行も問題なくなり、今は積極的に領地を回っているのだという。
「リネット様!」
「お久しぶりですわね。すっかり綺麗になって…見違える様ですわ」
「そ、そうかしら…」
「ええ。エリオット様の婚約者だった頃とは雲泥の差ですわ」
リネット様がそういう隣で、ラリー様が柔らかい笑みを浮かべて頷いていた。確かにエリオット様の婚約者だった頃は…貧相で顔色も悪かったのは否めない。あの頃は食事もろくに摂れなかったものね。
「そう言えば、マグワイア嬢もご婚約されると聞きましたが?」
「ええっ?そうなの?」
それは初耳だった。リネット様はそんな事言ってなかったし…でも、彼女の様子を見ると…どうやら間違いではないらしい。
「さすがはヘーゼルダイン辺境伯様。お耳がよろしいのね」
「それでなくては務まりませんからね」
「確かにそうですわね。ええ、そうなんです。私もやっと婚約する事になりましたの。まだ公表はしていないのですが」
「そうだったのね。お相手は?」
「リード侯爵家の、ジョシュア様ですの」
リード侯爵家のジョシュア様と言えば…幼い頃からの婚約者がいたが、確か昨年、その父親の汚職が発覚したため婚約を解消したと聞いている。明るくて朗らかな人柄で、中々の好青年だったはず。年も…リネットの四、五歳ほど上だから悪くないと思う。
「そう、よかったわね。ジョシュア様は明朗な好青年と評判の方ですし」
「ありがとう。とってもお優しい方よ。王太子様の側近だから…王太子様がお気を悪くされないかと心配だけど…」
「でも、候補を辞退したのはリネット様のせいじゃないわ。だから大丈夫よ」
「そうだね、あの子はそんな事を気にする子じゃない」
ラリー様がそう言うとリネットはホッとした表情を浮かべた。ラリー様にかかると王太子様もあの子扱いなのね。確かにラリー様は王太子様達に慕われていたし、剣の稽古などもつけていたと聞くから弟みたいな感覚なのかもしれない。
「近々王都で婚約披露のパーティーをするの。ぜひ来てね」
「勿論よ。今から楽しみにしているわ」
数少ない友人、それも私が不当に貶められていた時も庇い寄り添ってくれた大切な友人でもあるリネットの慶事に、私は自分の事のように嬉しく感じた。
「ああ、そう言えばフランク様も王太子様の側近になられたのよ」
「え?フランク様が?」
「ええ。優秀な方ですし、王太子様が側近にと頼み込んだらしいわ」
フランク様はギレット伯爵の次期跡取りで、以前エリオット様の側近を勤めていらした方だ。お優しくて穏やかな性格だけど、言う事はしっかり言う誠実な方だった。私も何度も助けて頂いたし、庇って頂いたりもした。エリオット様が廃嫡になった後は、お父君のいらっしゃる宰相府に入られたと聞いたけど、王太子様の側近になられたのね。
「そうなのね…よかったわ」
「ええ。エリオット様はああなってしまったけれど…」
フランク様には色々お世話になったけど、お礼を言う事もなくこちらに来てしまったわね。もし王都に行ったらお礼を述べる機会があるといいのだけど。リネット様の婚約者を通してお茶にお誘いしてみるのもいいかもしれないわね。
「そう言えば…今日は大聖女様もいらっしゃっていたのね」
「え?ええ。先ほどご挨拶したわ」
「そう…」
「どうかしたの?」
リネット様の表情が僅かに曇ったように感じた。リネット様が大聖女様と関わるような事があったかしら。
「ううん、大した事じゃないのだけど…ただ、噂が…」
「噂?」
「ええ…その…アレクシア様の聖女の力を気になさっていると」
「私の?」
「…教会が認めていないのに聖女として力を使っていると、教会が不満を表しているって話があるそうなのよ」
「そ、そうなの…」
それは…意外でもあり、ある意味当然のようにも感じた。私は教会とはあまり関りがないのだけど、向こうからしたら聖女として認めていない私が力を使うのは…いい気はしないかもしれない。
「教会は権威主義だからね。認定していない者が、力を使うのを良しとしないから」
「そうですわね」
「その辺は…そうだね、陛下にも相談してみよう。色々知りたい事もあるし」
「そうですわね。私も…紫蛍石の事もお聞きしたいですし」
「ああ、そうだね」
そうなのだ、ラリー様の胸にくっ付いてしまった紫蛍石の事も気になっている。王都に行ったらお聞きしようと思っていたけれど…お時間があったら聞いてみたい。もしラリー様のお身体に害があったら嫌だし。
それに、私は何も考えずに力を使っていたけれど、それでいいのか気になっていた。ユーニスやモリスン夫人は子どもが出来たら使わない方がいいのではないかと気にしていたから、その辺も聞いておいた方がいいのかもしれない。
「シア…教会には気を付けて」
「え?」
「ここでは詳しく話せないから後で話すが…」
「…はい」
何だかわからないけど、ラリー様がそんな風に仰るのは珍しい。私は妙な胸騒ぎを感じたけれど、その正体が何なのかまではわからなかった。




