結婚披露パーティー前夜
気が付けば、あっという間に十日が過ぎて、結婚披露パーティーの前日になった。既に屋敷やその周辺には国内に主立った貴族たちが集まっている。やはり現王の王弟でもあるラリー様の結婚披露パーティーだけあって、主だった貴族が集まっていた。
「ローレンス様って…本当に王弟殿下だったのですね…」
「気安くていらっしゃるけど、本来なら私共がお近くに仕えるなんてあり得ない方ですものね」
参加者の面々に、モリスン夫人をはじめとする侍女たちが感嘆の息を漏らしていた。婚約披露のパーティーの頃、私はまだエリオット様に婚約破棄された直後で、その直後の王命での婚約だったから、高位貴族の中には参加しない方もいたのだ。ラリー様の性格からも、この婚約がいずれ解消されると踏んでいた貴族が一定数いたのは否めない。
でも今は情況が違う。エリオット様と両親、妹は私を不当に貶めた事で断罪され、父が持っていた爵位は私が受け継いだ。そしてラリー様とは既に婚姻が成立しているのだ。ここでパーティーを欠席すれば、ラリー様だけでなく陛下の心証を悪くする可能性もあるのだ。
国内でも有名な貴族の名に、侍女たちも顔を青くしていたけれど…幸いにもマナー講座のお陰で屋敷内の侍女たちの質は相当に上がったから心配はない。後は本番でそれを発揮するだけだ。
「でも、ようございましたわ。今年は雪が遅くまで降っていましたから」
「ええ、しっかり溶けてくれたわね。ここ数日はお天気もいいし」
「本当に。こんな時期にパーティーなんて基本的にやりませんものね」
そう、今年は雪が降り終わるのが遅くて、式までに溶けるかとやきもきしていたのだ。街道などの主要な道路は通れるようにはなっていたけれど…やはり雪が降る中でとなると他の貴族の負担が大きいから心配だったのだ。
「それに…アレクシア様もですわ」
「え?私?」
何か私の事で心配をかける事があったかしら?最近は風邪もひいていないし、特に問題はないと思うのだけど…むしろマッサージだなんだと、そちらの方で疲れてはいたけれど…
「いえ、今日までお子が出来ませんでしたから…」
「は?子…って…」
「そうですわね。お子が出来るのは喜ばしい事ですが、これから王都に移動されますし。お身体の負担を思うと幸いでしたわ」
「それに、ドレスのサイズなどもありますから。ヘイローズもその辺りは考えていましたけれど」
な、何を言うのかと思ったら…そちらの話だったのね。そりゃあ、夫婦だし、子どもが出来る事はしているけれど…みんな、そんな心配をしていたのかと思うと恥ずかしくて居心地が悪かった。でも、確かに彼女たちの心配はその通りなのだけど…
「いよいよ明日だね」
「ええ」
夜、寝室に戻ってきたラリー様はしみじみとそう仰った。ここ数日、ラリー様は招待客の接待で大忙しだった。連日夜遅くまで歓談の席に顔を出していたから、こうして寝室で顔を合わせるのは久しぶりかもしれない。式当日にはベストの状態で!と皆に言われた私は、早くに寝ていたからだ。
「やっと皆にシアが私の妻だと公表できると思うと…とても嬉しいよ」
「ええ?でも、結婚式は秋には…」
「あれは内輪向けだからね。でも、貴族向けはまた話は別だ。ここでシアに手を出す馬鹿はいないけれど、貴族の中には貞操観念の低い輩も多いからね」
なるほど…確かにラリー様の仰る通りだった。ここはラリー様やお義父様がいるから私に手を出す人はいないだろう。そんな事をしたら本人どころか家族も住み辛くなるし、地方に行けば行くほど領主の存在は絶対だ。
逆に王都の貴族の中には、爵位を笠に着て人妻に関係を迫る輩もいるし、それを楽しむ貴婦人もいる。要するに貞操観念が緩い人が多いのだ。まぁ、政略結婚が中心で、暇を持て余している人が多いから、そうなってしまうのだろうけど…
「シアに手を出す馬鹿が現れるかもしれないからね。そのけん制のためにも、シアが私のものだと皆に知らしめないとね」
何だか…剣呑な雰囲気になるラリー様だったけれど、どうしたというのかしら?いくら何でも王弟のラリー様に喧嘩を売る馬鹿がいるとは思えないのだけど…しかもラリー様は国王陛下や王妃様とはとても仲がいいし、それを知らない貴族などいないだろうに。
「あの、ラリー様?」
「ああ、シアは何も心配いらないからね」
「え?ええ…でも、それを言ったらラリー様に言い寄る女性の方が多いのでは…」
そうなのだ。王都では大人気だったラリー様だ。私にどうこうする者よりもラリー様に言い寄る女性の方がずっと多いんじゃないかしら?ラリー様も王都にいた頃は交際していた女性がいたと言っていたし…
「私の方は…特に問題ないよ」
「そうですか?」
だったらその間は何でしょうか?そう思ったのだけれど…にっこりと笑みを浮かべるラリー様に私はそれ以上聞く事が出来なかった。あの笑顔は危険な気がしたからだ。ラリー様が見た目に反して中身はかなりの策士だという事は、いくら私でも理解している。特に笑顔が深い程に何かを考えている可能性が高い事も…
でも…その間が私は気になって仕方なかった。
「…シアが気になるのなら…」
その前提でラリー様は、過去に交際した女性や、言い寄ってきた女性について教えてくれると言った。そこは凄く気になるのは間違いない。
「別に気になんかしてません」
「そう?」
「だって…もう終わった事なのでしょう?」
「当然だろう?でなきゃシアを娶ったりしないよ」
ラリー様は不本意だと言わんばかりに否定されたあと、再び甘い笑みを向けてきた。そりゃあ、辺境までやってくる女性なんてそういないだろう。王都育ちの貴族の令嬢がここで暮らすのは大変だし、王命で結婚したラリー様の元に押しかけてきたら陛下や王妃様の不興を買う事にもなる。
「だったらいいです」
そう言った私だったけれど…後々私は、そう言った事を大いに後悔するのだった。




