騎士団の噂
モリスン夫人が提案したマナーの再教育は、予想以上に好評だった。特に未婚でこれから嫁ぐ予若い侍女たちにとっては、王都仕込みのマナーは憧れだという。王妃様の侍女をしていたユーニスや、王子妃教育を終えた私が教えると聞いて、希望者が殺到していた。
「こんなに人気だとは思わなかったわ…」
「そうですわね、私も意外です」
マナーなんて、私からしたら苦痛だった勉強の中でも極めつけの一つだった。王子妃として恥ずかしくないようにと、徹底的に仕込まれたせいでトラウマになりそうなくらいだったのだ。お陰で人前に出ても恥をかく事はないのだけど…私としてはあまり喜ばれないかも…と思っていただけに余計に意外だった…
「でも、これから嫁入りする彼女たちにとっては死活問題ですからね」
「それはそうなのだけど…」
「自分の価値を上げるのに、こんなにわかりやすいものもありませんわ。パッと見ただけで伝わりますから。所作が美しければ、それだけで求婚者が現れるくらいですもの」
「確かにそうね」
という訳で、三日後から本格的にマナーの講習が始まった。皆、仕事があるからその合間になるのだけど、中々に盛況だった。基本的にはユーニスが講師をして、私がその手伝いをする事になったけれど、やはり地方ではマナーのレベルは低くて、モリスン夫人が希望したのも納得だった。これで春に貴族を迎えるのは…さすがに厳しかったかもしれない、というくらいには。
それでも、若い侍女を中心に真剣に学んだせいか、その効果ははっきりと目に見えていった。歩き方一つでも全く違って見えるのだから当然だろう。これにお辞儀の仕方や客人の案内の仕方、お茶の入れ方など、ユーニスの教え方はわかりやすくて大人気で、それに伴って彼女の評価が大いに上がったように感じた。中にはユーニス様と呼んでキラキラした視線を送ってくる者も出てきたのだ。
うん、でもユーニスなら当然だろう。彼女は王都でも上位貴族の子息からも熱い視線を受けていたのだ。
しかし…そんな中でも出来ない人はいるもので…特にキャシーは全くと言っていい程変化がなかった。でもそれも仕方ないと思う。だって基礎が出来ていないのだから。
これまで男爵令嬢だと散々威張っていたのだけど、周りの侍女たちが自分より上の爵位だと知り、周りに比べて見劣りする自分をやっと自覚出来たらしい。それで奮起してしっかり学ぼうとするかと思ったのだけど…残念ながら、そうはいかなかった。
「シアとユーニスがマナー講座と称して侍女を苛めているとの噂があるそうだよ」
「ええっ?!」
ラリー様にそう言われて、私は思わず大きな声が出てしまった。あんなに人気で、みんな喜んでくれていると思っていただけに、そんな噂が流れていたなんて不本意過ぎる。
「一体どこの誰がそんな事を?」
「ん?ああ、それが不思議な事に騎士団の若い者からでね」
「騎士団?どうしてそんなところから…」
侍女の間で噂されるなら分かるけれど、騎士団とはどういう事なのかしら?騎士にまでマナーを教えた覚えはないのだけど…
でも…可能性が無きにしも非ずだ。ある一点において…
「もしかして、それってロバートの婚約者の話と関連が?」
「さすがは私のシア。鋭いね」
にっこりと嬉しそうにそう言うラリー様に、私は思わず冷めた視線を向けてしまった。私は今、真剣に考えていたのに…それに…ラリー様の言い方だと、犯人はキャシーだと言っているようなものよね。そこまでラリー様はご存じだという事かしら?
「奥方様!」
それから二日後、私は治療のために騎士団の救護院に向かう途中、若い騎士数人に呼び止められたため、私の護衛に付いていた騎士達がぎょっとした表情を見せた。それもそうだろう。身分の下の者が上の者に声をかけるのはマナー違反なのだ。ここは王都に比べると緩いけれど、それでも役職もないだろう若い騎士が領主夫人に直接声をかけるのは大問題なのだ。
「お前達、奥方様に対して無礼だぞ!」
すかさず私の護衛騎士の一人が彼らを諫めようと声を上げため、彼らがその声の厳しさに怯んだ。私とさほど年が変わらなそうだから、まだ入隊して間がないのだろう。
「で、でもっ!奥方様がキャシーを虐めていると…!」
「そ、そうです!いくら奥方様だからって横暴です!」
一人が声を上げると、他の者もそれに続いた。よくよく聞くと、彼らは私がキャシーを虐めていると思い込んで、苛めをやめるように訴えに来たらしい。そう言えばラリー様がそんな事を言っていたな…と、私は情況を理解した。
「お前達…何を言っているんだ?」
彼らが言いたい事を一通り言い終わった後、ベテラン騎士の一人が呆れを含んだ声でそう尋ねた。一方の私は、ユーニスの反応が怖かった。薄く笑みを浮かべているけど…確実に怒っているわよね…
「何って…だから…」
「奥方様が苛めるだと?そんな事があるか!奥方様は怪我を負った我らに治療をして下さる大変慈悲深いお方だぞ。奥方様のお陰でどれだけの騎士が現場に戻られたと思っているんだ」
「全くだ。そもそもキャシーとやらは侍女として屋敷に上がったのに、仕事を放棄してばかりだと聞くぞ」
ベテラン騎士にもキャシーの話は広がっていたらしい。彼らからするとランス殿の孫という意味合いだろうか。でも、それならあまりいいイメージはないのだろう。
「それは誤解です。キャシーは仕事をしようとしたけど、他の侍女から苛められているんです」
「それに、奥方様付きの侍女はキャシーの婚約者に言い寄っているそうです」
「若くて可愛いキャシーに嫉妬してるんですよ!」
必死に言い募る若い騎士に、私も含めた騎士達が頭を抱えなくなった。全く、あんなにわかりやすい嘘をよく信じられるな…と思う。それに可愛いとは言っても、美人のユーニスには敵わないだろうし、ついでに言うならメイベルの方がずっと顔立ちは可愛かった。
「そう…私があの子に嫉妬している…と?」
にこやかに艶やかに、にっこりと笑顔を浮かべたユーニスが若い騎士に話しかけた。若い騎士達は…まさか本人が目の前にいるとは思わなかったのだろう。大きく目を見開いてユーニスを凝視していた。




