規律粛清
キャシーが若い騎士を連れ込んだ事は、それなりに騎士団に波紋を広げた。辺境伯が住む屋敷に無断で入り込んだのだから当然といえば当然だ。キャシーに誘われたとは言っても、騎士なら許可が必要な事は知っていて当然の事なだけに、三人には懲罰として訓練以外にも早朝の雪かき十日間が命じられた。騎士の訓練前に雪かきだから、かなり大変だろうと思う。
でも、ここは規律違反を見逃せるような場所ではない。今はまだレアード王子達も滞在しているだけに、警備にはかなり気を使っているのだ。小さな事でも見逃す事は出来なかった。騎士団には再度規律の徹底が通知されたのは言うまでもない。
一方のキャシーの処分には意見が分かれた。仕事を放棄しているので仕事を増やしても意味がない、むしろ屋敷から追い出して欲しいとの声が圧倒的だったのだ。仕事を放棄していたため、その分のしわ寄せで他の者が大変だったし、本人に反省の色が見えないのも大きかっただろう。しかし…
「ご領主様にも奥方様にも、大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。ですが…どうか一度だけ、孫にチャンスをお与えくださいませんか?」
お義父様の友人で、騎士団でも重用されていたランス殿にそう頭を下げられると、中々無下にも出来なかった。その為、今回に限ってはランス殿の顔を立て、一度だけチャンスを与える事にした。ランス殿がキャシーに彼女の立場をしっかりと説き伏せ、今度仕事をさぼれば即解雇するとの誓約書にサインさせたのだ。
侍女たちは渋い顔をしたけれど…幸いにもみんなは理解してくれて、今後何かあったら直ぐに報告するようにお願いした。多分、直ぐに問題を起こしていなくなるだろいうとの予感があったせいかもしれない。
当のキャシーはと言うと、祖父が皆の前で頭を下げている姿を見た事と、ランス殿から自分の立場を説かれて、少しは思うところがあったのだろう。その後は不満顔は変わらないが、大人しく仕事をしているらしい。彼女の教育係には子爵家の出のしっかりした人を付け、マナーから学び直しているという。
これで屋敷内も静かになり、ユーニスとロバートの仲も上手くいくかと思ったけれど…何だか二人の間は相変わらず余所余所しかった。一体何が…と気になるのだけれど、ユーニスに聞いても何でもないと言われるばかりだった。でも、絶対に何かあるようにしか思えないのよね…それが判明したのはラリー様からの情報だった。
「ええ?キャシーがロバートの婚約者?」
「ああ、そんな噂が騎士団で広がっているらしいね」
どうやらキャシーがロバートと婚約したと触れ回っているらしい。どうしてそんな事に…と驚くしかなかったが、その噂は騎士団の若い隊員から流れていて、キャシーと仲良くしていた騎士達が流したのだろう、との事だった。
そんな噂くらいで…と思ったけれど、キャシーはあれからもロバートに纏わりつき、アクセサリーなどをロバートに貰ったと言って自慢しているのだという。さすがにロバートの婚約者と言われれば周りの侍女たちも無下には出来ず、半信半疑ながらも腫物のように接しているらしかった。
「それで、ロバートは何て?」
「さぁ?」
「さぁって…」
「聞いてもはぐらかすだけでね。素直に言わない時はいくら聞いても無駄だろう?」
「それは…確かに…」
「あいつの事だから何か考えがあるのかもしれないし…」
確かにそうなのだけれど、ユーニスの事を思うと心配でしかなかった。ユーニスも意地っ張りなところがあるから、一度拗れると修復不可能になりそうなのだ。ロバートがそんなユーニスの性格をわかっていない筈はないのだけど…
「まぁ、こういう事はあまり他人が口出すと余計に拗れるからね」
ラリー様にそう言われてしまうと、私も何も言えなかった。確かに下手に口を出すべきではないのだろう。それでも、姉とも親友とも思うユーニスの事なだけに、私は気が気ではなかった。
それから暫くして私は、モリスン夫人からある提案を受けた。それは春に予定している貴族向けの結婚披露パーティーに向けて、屋敷内の侍女たちにもう一度マナーを学び直させてはどうか、というものだった。
「ここにいる者は殆どが辺境伯領から出た事がありません。その為、マナーも昔ながらのやり方ですし…今はアレクシア様やユーニス様がいらっしゃるので、王都仕込みのマナーを学ばせたいのです」
なるほど、確かにそれはいいかもしれない…と思った。実際、ここの侍女たちのマナーは一昔前のままで、王都では通じないレベルだった。辺境伯と言う田舎なだけに王都ほどマナーに厳しくはないが、春には何十年ぶりに結婚披露パーティーをして、多くの貴族を迎える事になる。
それに王都の最新のマナーを学ぶのは、侍女たちにとってもいい話になるのは間違いない。皆、ここで数年勤めたら結婚していくが、その時にマナーがしっかり出来ていればそれだけで箔が付くのだ。
「そうね、じゃ、私やユーニスが講師を勤めればいいのかしら?」
「出来れば…お願い致します」
モリスン夫人が恭しく頭を下げた。彼女としては預かっている令嬢は娘と同年代だから、嫁に行く前に…との親心が湧いたのだろう。それに屋敷内の質向上をと考えているのは間違いなかった。使用人の質は領主の力量でもあるが、今はそれが一致しているとは言い難い。王族だったラリー様が侮られないためにも、使用人の質は重要なのだ。
まぁ、モリスン夫人がマナーをと言い出したのは、キャシーの出現も影響しているのだろう。それも一つのきっかけになったのならプラスになるのかもしれない。




