傍若無人な侍女見習い
キャシーが屋敷に来てからのユーニスは、いつもの三割増して機嫌がよく見えた。でも実は、これはかなり機嫌が悪い時だという事を知っているのは、私をはじめとしたごく親しい人だけだろう…
ラリー様もわかっていらっしゃるようだったけれど、ロバートには伝わっていたのかどうかは不明だ。まぁ、あのロバートが気付かない筈はないだろうけど…それでもロバートは相変わらずで、最近はキャシーが絡みついている場面をよく目にした。
キャシーがやって来て十日ほどが経った。相変わらずキャシーは仕事を放棄し、最近ではロバートの後を追いまわすだけでなく、若い騎士達との親交を深める事に専念しているらしい。こうなってくると、侍女として預かっているこちらとしては早急にお引き取り願いたいのだけど…ブルーノ殿に頭を下げられた手前、直ぐに追い返す事も出来なかった。
そんな状態の中、私はお気に入りのサロンでお茶をする事にした。ここは一階で庭に面していていて、窓がガラス張りになっているのだ。下屋が長目に作られているため、雪の影響を受けにくく、外の景色を楽しめるようになっている。雪で鬱屈となるのを解消するために作られた部屋で、領主の家族のために作られた部屋だった。
「アレクシア様、お部屋の準備が整いましたわ」
そう言って迎えに来てくれたのは、モリスン夫人だった。今日は屋敷内の各部署で働く侍女の中でもまとめ役をしている女性を集めて、屋敷内の仕事の改善を話し合うのだ。久しくこの屋敷には女主人がいなかったため、ずっと昔ながらのやり方を続けてきたのだけど、私という女主が現れたため今は仕事の見直しの真っ最中だのだ。
また、彼女たちとの親睦を深めるのは私にとっても有意義だし、彼女たちへの労いもある。多くは子爵・男爵家の出身なので、お茶会と言う形にしているのだ。
「お引き取り下さい!」
部屋に近ずくと、侍女らしい女性の大きな声が聞こえて、私はユーニスと顔を見合わせた。この屋敷で大きな声を出す様な事態など最近は滅多にないからだ。何事かと思いながらも進み、角を曲がった先に見えたのは、侍女のリーダー達と言い合っているキャシーだった。キャシーは若い騎士を三人連れているが、一体なんだというのだろうか…
「私もお茶したいの。だからその部屋を貸しなさいよ!」
「なりません。この部屋はご領主様のご家族だけしかお使いになれませんし、これから奥方様がお使いになります」
「別にいいじゃない、ちょっとくらい。奥さんが来たら直ぐに出ていくから」
どうやらこの部屋を使いたいと騒いていたらしい。全く、この部屋は来客をもてなすための部屋でもあるのに…一体どうしたら自分が使ってもいいと思えるのかが不思議だ。
「あ、奥方様!」
「え?」
どうやら侍女の一人が私に気が付いたらしい。前を歩くモリスン夫人が歩みを止めないので、私もそれに続いたが、モリスン夫人の背の向こうには口をとがらせて拗ねた表情丸出しのキャシーが見えた。
「キャシー、何をしているのです?」
「え、何って、ここでお茶しようと思っただけですけど」
モリスン夫人の問いに、キャシーは事も無げにそう応えたけど…全く自分が非常識な事をしているとは思っていないようだった。
「何を言っているのです?ここは領主様のご家族だけがお使いになれる部屋。侍女、いえ、未だ侍女見習いでしかないあなたが立ち入っていい部屋ではありませんよ」
「え~何よそれ、ケチ臭い」
「けち臭いとは何です?それに仕事は?あなたは今は勤務時間ですよ」
「しらないわよ、そんなの。第一私は男爵令嬢なのよ?何で私が侍女の仕事なんか…」
ああ、モリスン夫人が言っていた事は本当だったのね…と私は心の中でため息を付いた。彼女の言葉を疑ったりはしないけれど、もう少しマシかと思っていたからだ。でも実際は…話に聞いていた以上に酷いものだった。
「それを言うなら私は男爵夫人ですし、この屋敷には男爵家や子爵家の出の侍女が殆どですよ」
「で、でも、私のお祖父さまは騎士団で偉かったのよ」
「それが何か?」
「なんですって?!」
「ここにいる侍女は、領内で役職にある者を父や祖父に持つ者が殆どですわ。あなたのどこに仕事を放棄出来る特別な事情がありますの?」
「な…」
どうやら彼女は、この屋敷の侍女がどういう身分なのか知らなかったらしい。辺境伯領主、しかも王族のラリー様の住む屋敷なのだから、身元がしっかりした者を雇うのは当然なのに…
「それからあなた達。騎士でありながら何をしているのです?この屋敷への立ち入り許可は得ているのでしょうね?」
モリスン夫人の矛先は、今度は若い騎士に向けられた。服装からしても入隊して数年と言ったところだろう若い騎士達だけれど、騎士であってもこの屋敷への立ち入りは許可制だ。確かにこれまで、こんなに若い騎士は見かけた事がなかった。
「そ、それは…」
「お、俺たちは、キャシーがいいって言うから…」
「では、許可は得ていませんのね?」
モリスン夫人の問いに口ごもったところを見ると、どうやら若い騎士達は彼女に誘われてここに来ただけ、らしい。だが…一体どこから入り込んだのだろう?この屋敷は警備も厳重なのに…私が疑問に思っていると、モリスン夫人がパンパンパンと大きく音を立てて手を叩き、その音に気付いた近くにいた騎士が集まってきた。
「どうされました?」
「何事です?」
「奥方様?どうされました?」
集まってきた騎士達は私の姿を目にして、驚きの表情を浮かべた。私がいるからどんな緊急事態かと思ったのだろう。しかも普段は入る事が許されていない若い騎士もいるとなれば尚更だ。
「許可なく若い騎士がこの屋敷に入り込みましたの。どこから入り込んだのか念のため調査をお願いします。キャシー、あなたもね。貴女がした事は重大な規律違反ですから」
「ええっ?!そんな…」
「当然です。許可なき者を連れ込んだのです。スパイの疑いをかけられて当然の行いです」
「そんな!わ、私はブルーノ=ランスの孫なのよ」
「だから何です?ああ、ランス殿にも連絡をお願いしますわ」
「な…!お、お祖父さまは関係ないわ!」
「それを決めるのはあなたではなく、ご領主様であり奥方様でいらっしゃいます」
モリスン夫人は大分ストレスを溜めていたらしい。普段は温厚で多少の事は大目に見る夫人だけど、キャシーの所業は確かに度を過ぎていたから仕方ないのだけど。
結局、キャシーは最後まで謝罪もせず、四人は騎士に連れていかれた。多分、後でしっかりお灸をすえられるだろう。これで少しは改善されればいいのだけれど…




