ユーニスの恋人
ラリー様からまだ結婚しないとかと問われたユーニス。いつもなら余計なお世話ですとでも言って、ラリー様だろうがお構いなしに跳ねつける筈のユーニスだったけれど…
私の視界に映ったユーニスは、今までに見た事がない程に顔を赤く染めていた。しかも、直ぐに言い返す事が出来ないほどに動揺…していたと思う。才気煥発、一言い返せば十は返すと言われていたユーニスには意外な反応だった。
「…ユーニス、もしかして…どなたかお付き合いしている方がいるの?」
そんな素振りは欠片も伺えなかったユーニスだけど、私は他の可能性が思い至らなかったので、恐る恐る聞いてみた。もし本当なら…それはとても喜ばしい事じゃないだろうか…
だって、ユーニスだって未婚の令嬢なのだ。王妃様のお気に入りで、恋愛よりも仕事優先で、私のために王妃様の侍女を辞してヘーゼルダインに来てくれたけど、彼女だって伯爵令嬢で、結婚適齢期も終わりかけている。勿論、そんな事を気にすれる彼女ではないし、一生独身でも平気そうには見えたけれど…でも、相手がいるなら話は別だ。
「……」
私が尋ねても、ユーニスは押し黙ったまま、ラリー様に鋭い視線を向けていた。その視線は、余計な事は言わないでと言っているようにしか見えない。という事は…本当なのだろう。
「ユーニスが言いにくいなら私から…」
「余計なお世話ですわ。アレクシア様には私からお話します!」
ラリー様が出そうとした助け船は、ユーニスの一喝で宙に浮いてしまったけれど…ラリー様は気を悪くした風ではなく、苦笑したままユーニスを見ていた。それがまたユーニスには気に入らなかったのだろうけど…この二人は仲が悪い…わけではないのよね。でも、お互いに何と言うか…張り合っている感じがする…
「アレクシア様、私、ロバート殿とお付き合いしておりますの」
「え?ロ、ロバート、と?」
「…ええ」
何と言うか…意外だけど、意外じゃない、そんな感じだった。ロバートはラリー様の側近中の側近の一人で、生まれも育ちもヘーゼルダインだ。この地の事に詳しく、腕も立つし、頭もいいし、そんな事もあってか諜報部のまとめ役でもある。年はユーニスより六歳上の二十八歳だけど、見た目だけなら二十四、五歳に見える。
二人が並んだところを思い浮かべたけれど…うん、悪くないどころかとてもお似合いのように感じた。ユーニスは女性としては背が高めだけど、ロバートはユーニスより頭半分は高い。二人共茶の髪と瞳だけど、意志の強そうな涼やかな美人のユーニスと、いつも笑顔で穏やかな雰囲気のちょっと童顔気味のロバートは、中々にお似合いに思えた。
それに…ロバートはああ見えて懐が大きいと思う。諜報部をまとめているのだからそうでないと無理なんだけど、親切で気遣い上手だし、心の機微に敏いから、意地を張ってしまうユーニスの気持ちにも寄り添ってくれそうな気がする。そもそも、ユーニスとお付き合いにまで持ち込んだのだ。それだけでも強者と言ってもいいのじゃないかしら…
「ユーニスったら、教えてくれたらよかったのに…」
「まだお試し期間ですもの。ダメになる可能性もありますから、ご報告しなかっただのですわ」
「ええ?そうだったの?俺、そろそろプロポーズを、って思っていたのに」
「な…!」
そこに現れたのは、まさに今この時点での時の人になったロバートだった。手には書類が何枚かあるので、ラリー様に何かしらの報告に来たのだろう。
一方でユーニスは、赤くした顔そのままに狼狽えていた。もしかすると、お試し期間だという部分を聞かれたせい、かしら…
「俺は真剣交際のつもりだったのに、お試しだったんだ。そっかぁ、残念だなぁ…」
「え、あの…それは…」
そういうロバートはいつもの優し気な笑みを浮かべていたけれど…目は笑っているように見えなかったのは気のせい、じゃないと思う。そんなロバートにユーニスは困惑した表情を浮かべ、言葉が出てこないようだった。一方のラリー様は面白いものを見たと言わんばかりに笑みをかみ殺していたけれど、ラリー様、確実にこの状況を楽しんでいますね…
「ああ、ローレンス様、至急この書類に目通しをお願いします」
「これは?」
「披露パーティーの招待客の目録です。今のうちに招待状を送ってしまった方がいいかと思いまして」
「ああ、そうだな」
「ええ、春一で披露パーティーをする事は滅多にありませんから。早めに手配した方が相手方も助かりますでしょう」
ロバートの提案に乗ってラリー様が書類に目を通し始めたけれど…ユーニスはそのままの状況に置かれていた。ロバートはというと、ユーニスの事は丸っと無視したまま、ラリー様と招待客の事を話し合っている。ユーニスに言葉をかけるのも憚られる雰囲気で、私は時々ユーニスに視線を向けながらもラリー様達の話を見守るしか出来なかった。実際、招待客の事は私にも無関係ではなく、時々ラリー様から質問が飛んできたからだ。
「それじゃ、これで頼む」
「かしこまりました」
そう言うとロバートは恭しく一礼すると、ユーニスには視線を向ける事なく、出て行ってしまった。ロバートが去った室内の空気が、一気に緩んだ感じがして、私は思わず小さくため息を付いたけれど…ロバート、確実に怒っていた、わよね…?
「ねぇ、ユーニス。ロバートと話をしてきたら?」
「え?いえ、今は…」
「だって、ロバート、怒っていたんじゃない?」
「そ、それは…」
「こういう事は、早い方がいいと思うの」
「……」
黙り込んでしまったユーニスだけど、その沈黙は私の言葉を肯定するものだったのだろう。いつもなら放っておけばよろしいですと一蹴しただろうから。きっとユーニスも、あの発言はマズかったと凄く気にしているのだろう。
「ああ、ユーニス、ロバートに伝言を頼む。披露パーティーにはバローズ夫妻も出席するよう手配しろにと」
「…バローズ夫妻?」
「ああ、そう言えばロバートには通じる」
「…畏まりました…」
そう言うとユーニスは、納得し難いと言った風ではあったけれど、ロバートの後を追った。
「ラリー様、バローズ夫妻とは?」
聞いた事にない名前だったために私はそう尋ねると、ラリー様は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ああ、バローズはロバートの偽名の一つなんだ」
「え?それじゃ…」
「そう言う事」
そう言ってラリー様はまた笑ったけれど…それって、ロバートに披露パーティーまでには結婚しろという事、よね?ユーニスの様子から本気なのはわかったけれど…ロバートもかなり怒っているようにも見えたし、大丈夫なのかしら?ラリー様はあの二人なら大丈夫だ、多分ロバートがうまくやるだろうと仰ったけれど…
その日、ユーニスが戻ってきたのは、夜もかなり遅くなってからだったらしい。というのも、その頃にはラリー様に捕まっていて、他の事に気を回す余裕はすっかり失くしていたからだった。




